「いなばの山の 峰に生ふる」

第14話 松と待つ

【現在】


 先輩が引退してから、2年が過ぎた。


 僕はいま、あのときの先輩と同じ立場にいる。


「僕らはこれで引退するけど、何かあったらいつでも呼んでくれていいから。グリーン活動部を、これからよろしく頼むよ」


「「はい! 今までありがとうございました!」」


 グリーン活動部。

 1年生5人、2年生4人、3年生5人(うち幽霊部員は2人)。計14人の部活。そして、これからは1、2年生だけとなり、僕ら3年生は引退する。


 あれから、松林プロジェクト以外にも、僕らはさまざまなプロジェクトを開き、地域のゴミ拾いから国の指定文化遺産や環境の保全までやってきた。今では、僕たちグリーン活動部を知らない人たちはこの学校ではもちろん、この県内でもいないだろう。たった3年間で飛躍というか出世というか、とにかくものすごくスケールが大きくなった。


 それも全部、先輩がこの部活を作ってくれたから。それがすべての始まり。


 それなのに。



「結局、先輩どこ行ったんだろうな」


 と声に出したのは、部員の一人、高島たかしま


「あの日から、連絡つかないどころか、学校からもいなくなるなんて……」


 同じく部員の一人、冴島さえじまさんがうつむきながら高島に返答する。



 2年前。

 夏休みが明けて、学校に向かうと、担任であり顧問である佐上さがみ先生に僕たち3人は呼び出された。


「こんな朝早くからどうしたんですか?」


 この3人がピンポイントで呼び出されるということは、部活関係の話であるのは確かだったが、何の話なのか見当もつかなかった。


「えっとね、本当は三年生以外には口外するなって話だったんだけど、3人には言っておくべきかなって思って……」


 先生は声を潜めて僕らにとある真実を教えた。


「小宮さん、学校を辞めたの」


 唐突すぎる事実に、僕ら3人とも言葉を失った。


「や、辞めたって、なんで……」


「それは私たち教師にも教えられてなくて。ただ、『家の事情で』としか……」


 家庭の事情。そこで、僕は初めて気づいた。


 僕らは、先輩のことを何も知らない。


 どこに住んでいるのか、家族構成はどうなっているのか、どこの中学校出身か。


 僕は急いで自分のスマホをポケットから取り出した。今まで、僕と先輩はメアドを交換して、それで連絡を取り合っていた。他のみんなには僕から連絡をしていた。よって、先輩の連絡先を唯一知っているのはこの僕だけだ。


 連絡先の「か行」を隈なく見る。小宮、小宮、小宮……。


「なくなってる……?」


 そんな、まさか。最近大ヒットした男女の入れ替わりアニメーション映画じゃあるまいし。


「先輩、自分のメアド削除したんじゃない?」


 混乱しかけた僕の頭を冷やしてくれたのは、冷静な冴島さんの一言だった。


「そっか……でも、それこそ一体何で……」


 僕の問いに答える者は、誰もいなかった。






 月日は容赦なく流れるもので、先輩が引退してから1ヶ月が経ち、3ヶ月、半年、そして、7ヶ月経った頃。


 僕らは高校2年生になり、グリーン活動部には新たに1年生が入ってきた。


 相変わらず冴島さんは吹部との両立に励み、相変わらず高島は色んな部活から助っ人を頼まれ、相変わらず僕はグリ活の部室にこもっていた。


 それでも、無常という言葉が示すように、少しずつ僕らも変わっていく。





 そして、現在いま

 僕らグリ活一期生はついに全員引退した。


「写真、結局先輩に渡せず終いだったなぁ」


 冴島さんが封筒に入った一枚の写真を取り出した。その裏には、僕たち3人からのメッセージがびっしり書き込まれている。


「僕が預かっておくよ」


 冴島さんに僕は手を差し伸べた。


「でも、もう会えないかもしれないし……」

「約束したんだ。先輩と。必ずお互い待っているって。どんなことがあっても、いつまでも、ずっと」


 冴島さんはなお迷いを見せていたが、やがて決心して封筒を僕に手渡した。


「……そうだね。きっとまた会えるよね」

「うん。だから、ここは部長の僕に任せて」

 すると、高島が僕の脇腹を肘で突っついてきた。

「こういうときだけ部長ヅラすんなよ」

「別にいいじゃんか。こういうときしか部長ヅラできねーんだから」

「私たちの部長は、頼りない部長さんだね」


 3人でクスクスと笑う。


 大丈夫。また会える。



 だって、松の木は、僕らを繋いでいるのだから。






 そんなわけで、僕は今日も大きな一本松と一緒に先輩の帰りを待っている。いつからか、僕は暇さえあればここに来るようになった。といっても、松林プロジェクトの一環で、赤ちゃん松たちを育てる仕事もあるから、ほぼ毎日来ているのだが。


「なぁ松。先輩はいつになったらここに来るんだ?」


 松の声が聞こえるかな、なんて有りもしない期待を抱いて僕は尋ねてみた。


「…………」


 もちろん、返答はナシ。


「そりゃそうか」

 なんだか虚しくなるが、まあこれがいつも通りだ。


 二年前に植えた松の友達たちは、着々と大きくなっているみたいだった。ただ、毎日顔を合わしている僕から見れば成長してるのかどうかイマイチわからない。


 こんな感じで、人生気づけばあっという間に終わったんのかなぁ。なーんていう考えが頭をよぎる。センチメンタルとかいうやつか。


 気を取り直して、僕は松に「またな」と声をかけて山を下っていった。





 家に着くと、父が珍しく先に帰っていた。


「父さん、今日は早いね」

「ああ、今日は星が綺麗に見えるから」

「星が見える見えないで、仕事の時間って自由に変えられるものなの?」

「それは聞いちゃいけないことだ、翼。世の中には暗黙のルールというものがあるんだ」

「要するに、ブラック企業の逆パターンってことか」

「まあ、そうとも言うかもな」


 そのあと二、三言話してから、僕は自室に戻って、なんとなく椅子に座った。そこでふと、机の小さな引き出しに目が止まる。


 そういえば、あの日から、僕は一度もこの引き出しに触れていない。




 久々に見てみようと思い、引き出しを開けた。









 そこには、『遺書』と書かれた、一通の手紙が入っていた。












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