第15話 命を繋いだ松の木
僕は『遺書』と書かれた封筒を開け、中から便箋を取り出した。
「一体誰が書いたんだ、こんな物騒なものを。しかもそれが僕の机の引き出しの中に入ってるなんて」
僕は一人で大袈裟にリアクションを取ってから、『遺書』をゆっくりと読み始めた。
『自殺という選択肢を、まさか自分が選ぶことになるとは思いもよりませんでした。人間に限らず世の中のあらゆる生物というのは実に面白いもので、生み出すことは難しいのに殺すことはいともたやすく出来ます。そんな
僕が死ぬことで一体どれだけの人が悔やむのだろうか。別にそんなことは今更何も考えておりません。僕が死ぬ理由は、とくに何もないのです。強いて言えば、『何もないから』死のうと思いました。生きる意味も死ぬ意味もない。僕の胸の中に残ったのは「虚無」だけでしたから。生も死も、僕にとってはさほど大差はなかった。
どっちでも変わらないなら、死んでみようかなと。どちらかといえば、死ぬことの方に好奇心があったものですから。
だから、僕が死んだのは誰のせいでもない。ただ、人は殺せば死ぬという世の中の
それではさようなら。『ありがとう』は誰にも言いません。言ったところで、僕の死は変えられないのですから』
そして、右下には。
『
「全く、この遺書の主は哀れな奴だ。だって戸塚翼は今ピンピン生きてるぞ」
ていうか、今になって自分で読み返すとものすごく恥ずかしい。なんだこの中二病みたいな文章。気持ち悪すぎて直視できない。
でも、これを書いた当時は本気で死のうと思ってたんだよなぁ。
この遺書を書いたのは、よく晴れた5月の日だった。
崖から落ちたあの日、僕は多分、色んなものを崖に落としてきてしまった。生きる希望とか、生きる意味とか、そういうの全部。
別に、崖から落ちたことや父と母が別れたことは直接的な原因ではない。ただ、きっかけではあったと思う。その日から、なんとなく死ぬことと生きていることの違いがよくわからなくなったのだ。
生き物というのは不思議なもので、この世に生まれた瞬間、必ず死ぬことが確定する。全く皮肉なものだ。生まれた幸せは、死ぬ不幸に直結するのだから。
生まれることは死ぬこと。
じゃあ、この二つの違いとはなんだ?
崖から落ちたことで、僕の思考はそのことだけでいっぱいになった。
死ぬことに恐怖はなかった。
ただ、最後になんとなくこの街を見ておこうと思ったのは、何かに呼ばれた気がしたから。
そこで、ひとりの少女と一本の松の木に僕は出会った。
なぜだろう。
僕はその日、途端に死ぬことがバカバカしく思えたのだ。
死んでみよう、という気持ちは変わらずあった。だけど、もう少し先でもいいかもしれない。そう思えたのだ。
だって、待っていれば、いつか死ぬ日は必ず来るのだから。
____私、正直に言うけど、自殺しようとしてる人たちの気持ちが一ミリも理解できないの。
そりゃそうだよ。アンタに分かってたまるかよ。アンタとは真逆の気持ちなのだから。
「そして、今の僕には『生きる理由』が出来てしまった」
____約束だよ。何があっても、いつまでも、どこまでも、お互い待っていよう。
なんだこれ。松だか先輩だか知らないけど、意地でも僕を死なせたくないのか。そこまで僕は必要とされていたのか。
いや、そうじゃないな。
そして僕は肝に命じた。約束はそう簡単にするもんじゃない、と。
「お陰で、先輩に会うまでは絶対に死ねなくなったな」
僕は『遺書』を思いっきり破り捨てた。
そして、代わりに僕は一通の手紙を手に持つ。
「ちょっくら部活に顔出すか」
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