第12話 再会、そして再開


「こんにちはー! 遅れてすみません!」


 元気な声で挨拶をしながら山に登ってきたのは、グリ活の一年生、冴島さえじまミナミさん。吹奏楽部のエース的存在で、ついたあだ名は「日本一のペット吹き」。彼女は将来、海外青年協力隊に入りたいと考えており、その足がかりとしてグリ活に兼部という形で入部した。

 そして、今日も午前中は吹奏楽部で練習し、午後からこの“松林プロジェクト”に参加しにきたのだ。


「冴島さん、吹部おつかれさま」

「戸塚くんも午前中からお疲れ様です!」

「まあ、午前中はオープニングセレモニー的な感じでほとんど何もしてないけどね。とりあえず、今はトラックから松の苗を運んでるから、それを手伝ってもらってもいいかな?」

「了解!」

 元気に返事をしてからキビキビと行動する冴島さん。底なしの体力に僕は少し引いた。


「冴島さーん! 俺も手伝うよ!」

 声の主を確かめると、そこにはニヤケ顔の高島たかしまがいた。高島は、冴島さんに絶賛片思い中だ。

「高島くん! ありがとう、じゃあ少し手伝ってもらえるかな?」

「喜んで!!」

 このやり取りから察するに、冴島さんは高島のことをただの部員としか見ていないようだ。哀れな高島。でも、グリ活を手伝ってもらえるのは正直助かるから、もう少しだけ冴島さんに恋していてくれ。


 そして、僕も松の苗を両手で抱えて運んだ。

 松の成長速度については、品種や育て方により定かではないが、大体1メートルに達するまで5、6年はかかるそうだ。

 僕と先輩が出会ったあの大きな一本松は、ざっと20mくらい。樹齢は先輩の話から計算すれば300年に達する。しかし、1メートル辺り6年かかる計算だと、あの松は50メートルに達していなくてはならない。どうやら、成長期がまだ来ていない松みたいだ。僕と似てる。

 ちなみに、今、日本で一番大きな松は“山神様の大松”と呼ばれる山形県にあるアカマツだ。幹回りが7m以上あり、樹高も30mと高い。樹齢は300年以上と言われている。

 僕は両手で抱えていた小さな松を、所定の位置に置いてから、一本松の方へ向かった。理由はなんとなく、だ。


「お前も、いつか日本一になれるかな」


 僕は一本松に尋ねてみた。


「なれるよ」


 松の後ろで人影が揺れた。先輩だ。


「ちょっと、聞こえてたんですか。恥ずかしいんですけど」

「いいじゃん、別に」

「僕は嫌なんです。……こうなったら、コイツに本当に日本一の松になってもらうしかないな。じゃなきゃ恥ずかしくて死ぬ」

「だから、必ずなるって言ってるじゃん」

「何を根拠に……」

「根拠なんてなくてもいいじゃん。でも、100年後には日本一の松になってるからね……じゃん」

「さっきから、じゃんじゃんじゃんじゃん何なんですか」

「『じゃん』って神奈川の方言らしいじゃん?」

「先輩、神奈川県民じゃないでしょ。ていうか、神奈川県民侮辱してますよね?」

「してないよー。ただ、目の前に元神奈川県民がいるから、それに合わせてみただけ」

 僕はドキリとした。ぼくがどこから来たのかなんて誰にも言っていない。クラスの自己紹介でも、首都圏から来たとしか言わなかった。

 何で知ってるんだ?

「なんで知って……」

「松の木は何でも知ってるんだよー」

「いや、本当になんで知ってるんですか。誰にも言ってないのに。先生にでも聞いたんですか?」

「だから松の木に聞いたの。信じないなら信じなくていいよー」

 それじゃ、私は持ち場に戻るわ。それだけ言い残して先輩はその場を立ち去った。

 先輩の意味不明な発言は今に始まったことではないが、今回のはいつものそれとは違った気がする。

 とりあえず、僕も持ち場に戻ろう。そう思って踵を返したその時だった。


「翼」


 ビクリ、と反射的に体が震えた。


 低い大人の声。だけど、どことなく僕に似た弱々しい気持ちが入っている声。


 突然すぎて、頭の中が真っ白になる。


 でも、その白の中で音だけがこだまする。



“翼、今日はふたご座流星群だ!”




 その、懐かしい声は。



「と、父さん……?」


 我ながら、自分の口から出た言葉に驚愕する。でも、紛れも無い事実だ。目の前に、僕の父がいる。


 なぜ?


 答えはもう分かっている。先輩だ。方法はわからないけれど、先輩が何かしたんだ。


「翼……その、久しぶり」


 数ヶ月ぶりに見る父の顔は、最後に見たときよりも随分と痩せこけていた。


「な、なんで、ここに……」


 先輩のお節介のせいだ。そう頭では理解できていても、尋ねずにはいられなかった。


「この市のホームページを見ていてね。それで、お前の先輩が立ち上げだこのプロジェクトの参加者募集のページを開いたんだ」

 ホームページ。先輩、いつの間にそんなのを……。しかも、市のホームページに。

「そこに、翼の名前を見つけたんだ」

 先輩は、なぜ僕の名前をわざわざ載せた? 今まで、山のゴミ拾いのときだってなんだって、先輩の名前しか表には出してこなかった。なのに、なぜ。なぜ、この期に及んで僕の名前を出した?

「本当は、お前に会うつもりなんてなかったんだ。会う資格もないと思っていた。大勢いる参加者の中で、元気にやってるお前の姿を遠くから眺められればそれで十分。そう思っていた」

 だけど。父は続ける。

「参加するために代表者に電話をかけたら、お前の先輩が出てきてさ」


『元市役所の広報担当職員だったあなたなら、必ず市のホームページを確認していると思ってました。私の罠に引っかかりましたね』


 いや、ちょっと待て。なんで、僕と母がここに来る前のそのまた前に父と母の2人でこの市に住んでいたこと、そしてそこでは父が市役所勤めだったことを知っているんだ!? まさか本当に先輩は松の声とやらが聞こえるのか!?


 僕の心の声が聞こえたのか、父は苦笑した。


「あの先輩は人との横の繋がりがたいそう広いらしい。だから、僕が元々ここの市役所で働いていたことを知っていたようだ」


 なんだ。ただの情報力じゃねぇか。なんだか拍子抜けした。まあ当たり前か。松が喋るとか、ファンタジーかよ。僕に脳内ツッコミさせるのも大概にしろ、お節介馬鹿先輩。


 父は一息ついてから、話を進めた。


「あの先輩は、僕を翼に合わせる策略だったらしい」


 父は先輩からの言葉を僕に教えてくれた。


『会ってあげてください。翼くんはあなたのことを今も父親だと思っています。その証拠に、翼くんは……』


「苗字、旧姓のままにしてくれてたんだな」


 胸の奥が熱くなる。なんだ、これ。嬉しいのか、苦しいのか、よくわからない。


「母さんには反対されたんだけどね」


 僕は自分の胸中で疼くこの気持ちを、無理やり押さえ込んでいつも通りすまし顔で答える。


 そうでもしないと、目の奥から何かが溢れてきそうだった。


「なあ、翼」


 父がまっすぐ僕を見つめてきた。また、胸中が疼く。


「僕は、お前の父親だと今でも思っていいのだろうか?」


 父の顔が歪みかける。ここで僕まで泣いたら、もう収集がつかなくなりそうだ。


 本当、ありがた迷惑だ。


「当たり前だろ、父さん」



 松の木の下で。

 僕と父は再会し、家族の物語が再開したのだった。







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