第9話 夏休みと僕ら


【高校1年 8月】


 グリ活に新しいメンバーが増えて、早くも1ヶ月。僕らは夏休みを迎えていた。

 別に、夏休みだからといって特にこれということもなく、いつも通りゴミ拾いやらボランティアやらを行うだけだ。

 例の「不良」グループとゴミ拾いをしたとき、意外にも冴島さえじまさんは彼らと仲良くなっていた。僕は、冴島さんのようなおっとりした性格の子は、彼らとは合わない気がしたのだが、取り越し苦労だった。むしろ、冴島さんは自ら彼らに話しかけに行っていた。人って見た目だけじゃ判断できないものだ。偏見は良くない。

 そして、今。僕は教室に忘れ物をして取りに行くため、部活はないが登校していた。

 さっさと取りに行って帰ろう。

 と、思った矢先……。

つばさ、ちょっとツラ貸せや」

 その声は……。

「……先輩」

 後ろを振り返ると、仁王立ちしたグリ活部長の小宮こみや花華はなはな先輩がいた。

「ツラ貸せ、って昔のヤンキーですか? なんかオヤジ臭いですよ」

「お前、マジで口縫い付けた方がいいよ」

 ……僕は丁寧にアドバイスをしたつもりだったが、本人は気を害したようだ。

「それで、部活でもないのにツラ貸せって何なんですか」

「テメッ……話逸らしたな?」

 うげ、バレた。いや、でも先輩、話の本題はこっちでしょう? 逸らしたというかむしろ話を戻したということで、褒めてもらってもいいくらいなんですが。

 先輩も本題が何だったのか思い出したようで、さっきまでのお怒りモードをオフにした。

「……まあいい。えっと、どこから話すかなぁ」

「長い話なんですか?」

「そうでもない。けど、要点をかいつまんで話すと……どこから話そうかなと」

「あー、なるほど。バカな僕にでもわかりやすく、と」

「……さすが、自覚してんじゃん」

「ありがたいお言葉です」

「いや、褒めてないから」

 などと、また話が逸れてヒートアップしそうだったので、「それで?」と僕は先を促した。

「えっと、まあ単刀直入に言えば、『松林を作ろうプロジェクト』を地域の人と協力して作ることができました。市長さんともお話しして、活動の支援を受けることもできました。あとは……」

「いやいやいやいや、ちょっとストップ!!」

 話が吹っ飛び過ぎてて、どこをどう突っ込めばいいのかわからない。単刀直入すぎて、逆に僕は理解不可能になった。

「は? なんでここで止めんだよ。やんのか? あ?」

 相変わらずのヤンキー口調(しかもさっきよりも口が悪い!)に、僕はげっそりした。

「いや、だって……プロジェクト作ったとか、市長さんに支援をお願いしたとか、普通の高校生がやるようなことじゃないでしょう?」

「それが、やってる人は結構いるんだなぁ」

「どこに?」

「ここに」

 先輩は自分を指差しながら、不敵な笑みを浮かべた。

「……『結構』って、一人じゃないですか」

「まあそう怒るなよ」

 いや怒ってないです。むしろ呆れてます。

「ま、そういうことだから! 詳しくはまた連絡する」

 僕の返事を待たずに、「じゃ」と短く言って先輩はどこかへ行ってしまった。

「……は、はあ」

 もう、ヤケだ。とりあえず先輩の言う通りにしておこう。





 教室に行くと、担任の佐上さがみ先生が掃除をしていた。

 お忘れかもしれないが、この担任は我がグリーン活動部の顧問なのだ。ちなみに担当教科は国語総合。この間、掛詞についてご丁寧に説明していた、あの先生である。

「あら、戸塚とつかくん。どうしたの?」

「あ、机の中に宿題置いてっちゃって……」

 しかも、よりによって国語総合の宿題。

「真面目ねぇ。私だったら、そのままにしちゃうけど」

 と先生が言っている間に、そそくさと宿題を取り出してカバンの中に入れた。

「ああ、そうだ。冴島さんはどう?」

 吹部と兼部している新入部員の例の彼女のことだ。

「どうって……普通に馴染んでますよ」

「さすがは冴島さんね」

 そこで会話が途切れた。しばらくの沈黙。とくにこれといって話すこともなかったので、「それじゃ」と僕が声をかけると、先生は「良い夏休みを」と一声かけてくれた。


 良い夏休みを、か。


『良い』と一口に言っても、なんだか漠然としていてよくわからない。けれど、今の僕に出来る最善は、多分『グリ活』に打ち込むことだ。




 *


 我が相棒である自転車を取りに向かう途中、今度は高島和也たかしまかずやに会った。

「戸塚じゃん、おひさ〜」

「お久しぶりです」

 高島のちょっとチャラめな挨拶に対して、僕はわざと丁寧に挨拶しておく。

「んだよ戸塚、ミミズくさいぞ」

「高島、それ言うなら『水くさい』な?」

 本気なのか冗談なのかわからないが、高島は「水はくさくねぇもん」と反論した。お前ミミズの匂い嗅いだことあんのかよ、と一瞬言い返そうと思ったが、いちいち付き合うのも面倒だと思い、僕はそのままスルーして「じゃあまたな」と手を振った。高島も僕をこれ以上引き止めたりはせず、「おう!」と短く答えて去っていった。




 ここで少し、高島の話をしよう。


 高島は僕たち草食系グループの中では少し特殊な部類で、クラスの中心的なグループの人たちとも仲が良い。オシャレなんかにも気を遣っていたり、スポーツもこなせる。芸能人やアーティストの話で盛り上がったり、時々エロ本なんかをこっそり開いて、健全(?)な男子として周りと語ったりもする。

 なんていうか、高島は上層部の人間たちに馴染んでいて、ちゃんと男子高校生を謳歌している。絵に描いたような『青春』を送っているってわけ。


 要するに、誰とでも上手く付き合えるセンスや要素があるのだ。



 しかし、たくさんあるクラスのグループの中で、なぜか彼は草食系の僕らのグループに定住している。本人曰く、「ここの方が良い意味でらくなんだよ。自分を無理して作んなくていいから」とのこと。つまり僕が見ていた男子高校生ぽい高島は、ニセモノだったというわけである。もちろん、本当の自分である部分もあるのだろうけど。


 そんな高島だが、この間急に部活に顔出しした。彼は運動神経が良いから、よく色んな部活の助っ人なんかに呼ばれている。帰宅部なのに、放課後グラウンドで高島が走っている姿を見ることの方が多いくらいだ。だから、ウチの部活に来るのも珍しいことではないし、そもそも名前だけなら立派なグリ活部員であるわけだが。

「急にどうしたんだよ?」と僕が聞くと、高島は照れ笑いを浮かべながら衝撃の発言をした。

「冴島さんに会うため」

「…………は?」

 まさか僕の聞き間違いではないだろうかと思って聞き直した。

「だから、その……吹部に入ったり助っ人したりってのはさすがに無理あるだろ? けど、こっちの部活なら気楽に入れるじゃん」

 入部理由が不純すぎる。冴島さんを見習ってほしい。

 それを小宮先輩に伝えると、先輩は「まあいいんじゃない?」と言った。てっきり、「これだから男ってのは……」と文句を言うのかと思っていたから拍子抜けである。

「だって、翼よりよっぽど働いてるよ? 冴島さんの前でだけだけど」

「そ、そうですか」

 なんだか高島に負けた気分。むかつく。


 まあそんなわけで、最近のグリ活は部員四名で活動中だ。おそらく夏休みもそうなるだろう。


 夏休みの始め、グリ活も大きな取り組みに向けて始動していた。









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