第8話 吹部VSグリ活
ここで、僕から前回までのあらすじをしよう。
暑い夏に
冴島さんとは、吹奏楽部の期待の星で、「日本一のペット吹き」という二つ名があるほど。しかし、なぜかそんな彼女が吹部を辞めて、僕らのグリーン活動部に入部志望しているという。
なにやらもめている様子のところに、先輩が来て…………。
というのが前回までのことだ。
「冴島さんのことについて、私からお話ししますね」
先輩がそう言うと、その場にいた全員がごくり、と唾を飲んだ。僕も先輩からの影のメッセージを受け取ったので、黙って先輩の話を聞くことにする。
「冴島さんは、将来、青年海外協力隊でボランティアをしたいと考えているんです」
セイネンカイガイキョウリョクタイ…………?
何のことだかさっぱりわからない僕のことなどは気にかけもせず、先輩は続ける。
「そこに参加するには、やはり普段からのボランティア経験が必要。大学入試のときにもボランティアの経歴は役立ちますしね」
先輩の言葉で、その場にいた何人かは納得の表情を見せた。
しかし……。
「でも、なんで今なんだよ」
吹部の副部長である(と、さっき誰かが言っていた)男子生徒が先輩を睨みつけながら聞いた。
「グリーンなんちゃら部っつーのは、今年から新設された部活だ。けど、4月の時点でその部活があることは冴島も知ってただろ」
逆に知らなかったんだったら、自分の将来の夢に消極的なんだとしか考えられないけどな。副部長の彼は冷たく言い放った。
「パート練とかも少しずつまとまってきて、これからだって時に、なんでだよ」
場の空気が一気に張り詰める。呼吸すら許されないほどの、ピンピンな空気。
誰もが口を閉じて固まってしまう中、たった一人、先輩だけは違った。
「それは、どうせ同じやめるなら4月のうちにやめてほしかった、ってことですか?」
「そうだけど?」
副部長の彼はキッ、と先輩を強く睨みつけた。僕ならとても耐えられそうにないけれど、あの先輩のことだ。内心では、野生動物のごとく闘志を燃やしているに違いない。
「でも、あなた方に冴島さんの退部を止める権利はどこにも無いと思いますけど?」
……ほらね。
先輩の反論に対して、副部長さんは何も言い返すことが出来ず黙り込んでしまった。
これで一件落着かな。僕がそう思ってホッとしたのも束の間……、
「異議あり!」
そう声を荒げながら腕を空高く伸ばしたのは、吹部の部長さんだった。
部長さんはツカツカツカ、と足音を立てながら先輩の前にドンと立ちはだかった。
「たとえ、私たちに権利がなかったとしても『責任』というものがあると思うの」
先輩は、部長さんの言葉に静かに頷いた。おそらく脳内では、「面倒な奴が出てきたな。やってやろーじゃねぇか」的なことしか考えていないのだろうが。
「
部長さんの声は廊下中に響き渡っていた。
「それにさ、
もったいない。彼女は弱々しくそう漏らした。
「アンタの能力がなきゃ、ウチらはコンクールで勝ち進めない。だから、
その頃、僕のイライラは頂点に達していた。
何が「団体行動」だ。人の努力を「才能」と言って片付けてしまう。コンクールがなければ、この人たちは冴島さんを本当に止めにきただろうか。
……多分、ない。
「部長さんも、副部長さんも、みんな冴島さんのことを『仲間』として止めてるわけじゃないんですね」
その瞬間、全員の目が全て自分に向いた。
あ、やべ。
先輩に余計なことをするなと釘刺されてたのに。
やっちゃった。
先輩の方を伺うと、やはり僕のことを睨みつけていた。いや、でも、だって、今回のは、うん。仕方ないじゃないですか。
僕はもう開き直って、何も気にせずに語りはじめた。
「さっきから聞いてたら、冴島さんのことを本当に思って止めてるわけじゃないですよね。確かに、勝手にやめることは良くないことかもしれません。だけどそれって、誰かが何も言わずに去ってしまう環境を作っている部活も悪いんじゃないんですか?」
部長も副部長も顔を青くしていた。その隙に僕は追い撃ちをかける。
「連帯責任、なんでしょう?」
それから、一つだけ、あなた方は間違っています。
「冴島さんは、部活が終わったあとも、自主練をしています。努力しています。それを『才能』だなんて一言で片付けるのは、失礼すぎませんか?」
それは昨日の帰り道のこと。
いつも通り、自転車にまたいで坂道を登って帰宅していると、ちょうど冴島さんがランニングしているところに出会った。
「こんな時間に何してるの? ダイエット?」
と、失礼極まりない発言を僕はしてしまった(疲れていてそこまで気が回らず、素直な疑問が出てしまった)のだが、冴島さんは笑いながら答えた。
「高校入るとさ、中学のときよりも本気の子たちがたくさんいるの。高校まで吹奏楽を続けるって、本当に好きじゃないと厳しいから。……まあ、その学校の部活のシビアさによるけどね」
つまり、何が言いたいんだろう? 僕が考えていると、それを見透かしたのか冴島さんは「だからね」と切り出した。
「今までよりも、もっともっと体力も技術もメンタルも、強くしなきゃいけない。そのために、私は努力するの」
僕は、冴島さんのその意思を、ここで代弁してあげたい。
「冴島さんは、吹奏楽が心の底から好きだから、皆さんのことを一番に考えていると思います」
パチパチパチパチ。
拍手が湧いた。
「え……?」
拍手のした方向を見ると、そこには不敵に笑う先輩の姿があった。
「よく言った、私の後輩!」
「は、はぁ……」
今思い返して見ると、我ながら恥ずかしいのだが。
「それに、やめることについて言えなかったのは、きちんと理由があるからよね? 冴島さん」
「はい」
冴島さんは、ピシッと背筋を伸ばして、きちんと前を見据えていた。
「顧問の先生には、入部する前に話していたんです。でも、そしたら『夏のコンクールが終わるまでは続けてもらえないか』と頼まれました」
吹部の部長さんたちは目を見開いていた。
「チームワークが良くなるまではサポートをしてほしい、と。だけど、途中で私がやめるなんて言いだしたら、きっと体制がまた崩れてしまうから、ギリギリまで他言しない約束だったんです」
それに、と冴島さんは付け足した。
「皆さん、勘違いしているようですが、私は部活を辞めたりはしません」
「はぁっ!?」
部長さんは、すかさず手に握りしめていた一枚の紙を冴島さんに突き出した。
「じゃあ、これは何だって言うの? 私には『退部届け』にしか見えないんだけど?」
どうやら、部長さんが顧問の先生に部室の鍵を借りに行った時に、先生のデスクに置いてあるのを見つけ、ここに持ってきたらしい。それが、この騒動の発端だとか。
この展開は、まずいんじゃないのか? と僕は心配していたが、冴島さんはニコリと笑った。
「はい、一度退部して『兼部申請』を出してから再入部します」
「なっ………………!!」
その場にいた吹部の部員全員が、言葉を失っていた。それに対して、冴島さんと先輩はニコニコ笑顔だ。……なんだか、あの二人って本性は似てるんじゃないか?
「皆さんにご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした」
冴島さんの、その一言で吹部とグリ活の戦いは終結したのだった。
「はい、というわけで! 今日からよろしくねー冴島さん!」
「はい! よろしくお願いします!」
早速、今日の部活から参加した冴島さんは、早くも先輩と打ち解けていた。
「冴島さん……あんまり先輩を過信しすぎちゃダメだと思うよ」
この部活内では、僕の方が先輩なので心を込めて忠告すると……。
「つぅばぁさぁ〜?」
ああ、今日は僕はちょっと調子に乗りすぎてしまっている。
「ご、ごめんなさーい」
ここは素直に謝っておくと、先輩も今日は機嫌がいいのか「フン」と鼻を鳴らすだけで許してくれた。
「さて、今日からグリ活は三人……あ、六人ね、六人」
そう、忘れてはならない。この部活には名前だけの幽霊部員が三人いるのだった。
「とにかく! 六人で頑張っていきましょう!」
「「はい!」」
今日からまた、新しいグリ活が始まる。
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