第4話 ゴミ拾いの旅 ~出張版 前編~

 汗が首筋をしたたり落ちる。

 5月下旬。まだ夏とは言わないかもしれないけど、地球温暖化のせいで8月並みに暑い。


 学校へはチャリで登校している。大体、片道20分くらい。「くらい」ってつけたのは、行きと帰りとで時間が変わるから。2つを平均して20分てとこ。

 行きは下りの坂道なので、ペダルが軽い。スイスイスイ、と15分で行ける。

 だけど、帰りは鬼だ。鬼の坂だ。上り坂のオンパレード。ペダルが重くて仕方ない。ギアを1にしても無意味だ。そういうわけで、僕の場合30分はかかってしまう。


 今は登校しているので、楽に進めるはずだ。それなのに汗をかいているということは……帰りのことは考えたくない。




 学校に着き、駐輪場に愛用チャリを置く。132番という、覚えやすいのか覚えにくいのか微妙な番号が振ってある場所が僕の自転車の休憩場だ。……休憩場といっても、グラウンドの砂で汚れてしまうのだけど。


「あれ?」

 ふと違和感に気付いた。いつもより自転車を置きやすい。なんていうんだろう、妙に幅に余裕があるのだ。

 不思議に思っていると、後ろから声がした。

「お、今日はいつも迷惑してる131番がまだ来てねぇじゃん」

高島たかしま!」

 おっと、紹介しよう。今、後ろから声をかけてきたやつは高島和也たかしまかずやって名前で、僕たち草食系男子グループの一人だ。こいつもチャリ通で、置き場の番号は130。

「ああ、だからやけにチャリが置きやすかったわけだ」

 そう、この131番のやつ、すごく自分の陣地を越えてはみ出しながらチャリを置いているのだ。おかげでその両隣の僕らは狭い思いをしながら、チャリを収めなければならない。

「いつも俺らめんどくさい思いしてるしさ、今日くらいはみ出しておこうぜ」

「なるほど」

 よく、「草食系男子=気弱」と勘違いをされるが、決してそんなことはない。僕らだって悪戯もするし、なんだってする。

 そう言って、高島と2人でニヤニヤしながら、自転車を置き場の枠からはみ出して置いた。


 すると突然、背筋に悪寒が走った。


 僕は知っている、この感じを。


 ……とてもとても嫌な予感。


「あー、そういえば俺、今日さ、日直だった! わり、先に行く!」

 と言ったのは僕ではなく高島だ。彼の方が一足先にの存在を感知してたらしい。



「どけ」

 女子とは思えないドスの効いた声に僕は慌てて身を引っ込めた。

「テメェじゃねぇ、チャリをどかせっつてんだ!」

「はいはいはいはい!」

「返事は一回!」

「はあぁぁぁい」

 先輩が僕の相棒を蹴っ飛ばしたのは、言うまでもなく……。



 このとても怖い女子高生さんは、僕が所属している「グリーン活動部」の創設者であり部長である小宮花華こみやはなはな先輩だ。その珍しい名前と目を惹く美貌から、学校中で噂される人である。ある日突然出会ったことから、僕はグリ活に所属することになった。

 でも、悪い先輩ではないのだ。ぼくに対して口が悪いことを除けば。


 そして今日もまたいつも通り、部活が始まる。……はずだった。

 しかし、僕が部室に行くと鍵が閉まっていた。おかしい。いつもなら先輩が真っ先に部室に来ているのだが。

 まあ、職員室に行けば鍵はもらえるし特に困る事もなかったので、僕はさほど気にせず素直に鍵を取りに行った。



 職員室に行くと、先輩が先に来ていた。なんだ、僕が取りに行かなくてもよかったんじゃないか。無駄な体力を使ったな、と思いつつ来た道を戻ろうとすると……。

つばさ、ちょうど良いところに来た! 私たちに依頼が来たぞ!」

 と声を掛けられ、その足を止めて振り返った。先輩は満開の笑顔を僕に向けている。もちろん、それはいつもの怖い雰囲気とは全く別ものの、心から喜んでいる様子。……いつもこんなふうだったら、ちょっとは可愛いのに。

「あん?」

 どうやら心の声が漏れてしまったようだ。ていうか、僕と先輩との距離は数メートルあるぞ? それでも聞こえるなんて……恐ろしく地獄耳。

 しかし、その依頼とやらが余程嬉しかったのか、先輩はすぐに先程の笑顔に戻った。そして、僕の次の言葉を待っている。僕は苦笑しながら、うずうずしている先輩の期待通りになるような質問を投げかけた。

「それで、その依頼って何ですか?」

 よくぞ聞いてくれた! という顔をして、先輩は「仕方ないから説明してやろう」と僕の腕を引っ張った。……そういうの、ツンデレっていうんですよー。



 部室に戻ると、先輩は一枚の手紙を僕の前にペラっと出した。

「何ですか、それ」

「うーん、一から話すと長くなるからかいつまんで話すと……」

 そう言って先輩はこの依頼についての説明を始めた。

 初めて先輩と僕が出会ったあの山が、ゴミで荒れていること。そのことを実はずっと前から先輩は気にしていて、清掃活動などをしている団体がいないか目をつけていたこと。しかし、連絡を取っても所詮ガキのやることだ、とまともに取り合ってくれなかったこと。それでも諦めずに方法を考えたこと。その時、自分たちが地域の清掃をやり始めたら気づいてもらえるのではないかと思ったこと。そしたら案の定、その団体から連絡が来たこと。

「流石ですね」

 僕は素直に感想を述べた。先輩の行動力にはいつも目をみはる。

「まあ、部長としてこれくらいは当たり前だけど」

 と、先輩ははにかみながら話した。だからツンデレだっつーの。ちょっとは素直にならないのか。

「とにかく! 来週の日曜、あの山のふもとで午後三時集合。どのくらいかかるか分かんないけど、そんなに遅くはならないと思う。行けるよね?」

 先輩の「行けるよね?」は、「行く以外の選択肢は与えないからな」という意味だ。

「行けますよ。僕には部活以外に特に予定のない学生なんで」

「さっすが、草食系の気弱な男子は使えるねぇ!」

 先輩は多分、嫌味とかなく素直に言っただけなんだろうけど、気弱って言われたのはわりと答えた。

 遠くでカラスが鳴いた…………気がした。





 そして約束の日曜日。

 集合時間は午後からだけど、僕はいつもより早く起きた。といっても7時だけど。もしかしたら、僕の体は意外と気合いが入っているのかも。

 軽めの朝食を済ませ、適当にテレビのチャンネルを回してみたが日曜の朝に放送されてる番組なんて、たかが知れてる。……と言いつつも、僕は戦隊ヒーローものの番組を眺めていた。なんか、ライダー系もそうだけど、昔の方がもっとシンプルで格好良かった気がする。ネタが尽きてきたのかもしれない。テレビ会社も大変なもんだなぁ、と僕は他人事に思った。

 そのあとは、有名な少年漫画のアニメを見て(僕はコミック派なので、既にストーリーの内容は知っていたが、漫画にはない迫力があってけっこう楽しめた)、ついに興味をそそる番組が尽きたのでテレビの電源を消した。あぁ、音量を下げてからじゃないと親が怒るけど面倒だからそのままにしておく。

 となると、ここで勉強でもするのがお約束の展開なんだろうけど僕はそんなことはしない。宿題も特に出されてないし、僕は特に優等生というわけではないので自習勉強をやるつもりなどは毛頭ない。

 だらだらと本を読んだりして時間を潰していると、時間は割と早く過ぎた。

 先輩の指示通り、動きやすい服を着て家を出る。空を見上げると少し雲がかかっていたが、午後から晴れるとニュースでは言っていたので、雨の心配は必要ないだろう。


 ちょっと時間より早めに家を出たつもりだったが、既に先輩は集合場所に来ていた。先輩は水色のスポーツブランドのTシャツにUVカットの白色パーカーを羽織っていて、下は生地の薄いジャージという、気合いの入った格好をしていた。対して僕は、そこらへんのアパレル店で買った安い長袖シャツに、伸縮性のジーパンというラフな格好だった。

「……翼、私の言ったこと聞いてたのかよ」

 そう言うかと思いましたよ……。

「これでも、動きやすい服をセレクトした方なんですよ、僕にとっては」

 先輩はフン、と鼻を鳴らすと「行くわよ」と言って山へ続く道を進んだ。僕は慌てて先輩の後を追いながら、

「え、行くってどこへ? あの、団体の方々は……?」

 と聞く。すると先輩は面倒臭そうにこっちを睨みながら説明した。

「団体の方たちとの待ち合わせは、もっと先なの。万が一ってことがあるかもしれないから、現地集合は避けたんだよ」

 わかったら黙ってついてこい、と言って先輩はどんどん進んでいった。その背中を見ながら、僕は先輩の率先力にちょっと感嘆した。

 ていうか、この人去年まで生徒会に所属してたんだよな。しかも、現生徒会長をねじ伏せたとか。そんなに強さがあるのなら、今年も生徒会選挙に出れば良かったのに。きっと会長にでも選ばれたのではないか。

 今度、機会があったら聞いてみようかな。この人、なんだかんだで嘘をついたり誤魔化したりはしない。本人にとって都合の悪い質問も、きちんと答えたりしている。

 変なところで真面目なんだよなぁ。



 雨が降ってくれれば良かった。午後から晴れなんて最悪の天気だ。

 猛烈に暑い。背中で汗が一滴垂れる。気持ち悪い。こんなに汗をかくとは思っていなかった。

 先輩は平気そうな顔で、タオルで汗を拭っている。クソ、やられた。集合場所は麓、だなんて言うからてっきりそこで清掃活動を行うと思っていたのだが。山を登ったその先で行う、とは一言も聞いてないぞ!

 僕らが山を上り始めて、一時間が経とうとしていた。先輩と出会ったときの例の松は、下の方で一人寂しく佇んでいる。……しかし、今、その松を見ても、残念ながら殺意しか湧いてこない。涼しげなその様子は、「大変そうですねぇ~」とあざ笑っているように見えてしまう。

 多分、ここの部活は余程そこらへんの運動部より動いているはずだ。今日の活動だけ見れば山岳部みたいだ。

「せ、先輩……あとどのくらいで着きますかね?」

 なんとか息を整えてから聞くと、先輩は「このペースで行けば、あと十分くらいじゃない?」と軽く言った。このペースって、かなりハイペースだぞ? しかも割と急斜面。何考えてるんだこの人は。

「ま、向こう着いたら少し休む時間くらいはやるよ」

 珍しく気の利いた提案をした先輩に、ちょっとだけ感謝した。




 かくして、ゴミ拾いの旅はまだまだ続く…………。



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