第3話 ゴミ拾いの旅


「ゴミ拾いって、本気でやるとめちゃくちゃ疲れるって知ってた?」

 僕の部活の部長である、小宮花華こみやはなはな先輩が言った。

「いえ、ていうかゴミ拾いなんてやったことないんで知りません」

「これだから最近の子って嫌なんだよ」

 ……アンタも最近の子の部類だろーが!

「あ、今私に心の中で文句言ったな?」

「うっわ! 僕こそ本当にこんな先輩嫌です!」

 僕は口下手だから、基本他人とは最低限の会話しか喋らないが、小宮先輩といるときは違った。なんていうか、本心を言わざるを得ないのだ。

「こっちだって嫌だっつーの、こんなヒョロ男子が部員だなんて」

「ヒョロ言うなし!」

「敬語使えよ、一年」

「はいはーい、申し訳ございませんでした」

 ……思いっきり睨まれた。


 そして、今僕たちは学校の外周をゴミ拾いしている。左手にゴミ袋、右手にトング。

 これが、普段の部活動となるらしい。まあ、運動部で例えるなら基礎練習といったところか。

 意外とゴミはたくさんあった。いつもは、特に気にしないで歩いているからわからないだけで、実はかなりの量のゴミがあるのだ。

 タバコの吸殻は、十歩歩くごとに落ちているし、お菓子のゴミは草むらに隠れているのがたくさんある。

 しかも、ずっと中腰で活動しているから腰痛に襲われる。

 ……先輩の言う通り、ゴミ拾いってかなりツライ。結構ナメてました。すみません。



 大型のゴミ袋の半分くらいまでゴミが溜まったところで、一旦休憩となった。先輩の袋はもう満タンになっていた。

つばさ、全然ダメじゃん。もっとちゃんと拾え」

「言わずもがな!」

「何が『言わずもがな』だ! 全然量がないじゃん!」

「量より質です」

「質も成ってないっつーの」

「はいはい。じゃあ、あと1時間くらい休憩したらちゃんとやりますよ〜」

 先輩は僕を無視して、ゴミ拾いを再開した。渋々、僕も再開する。


 少し空が暗くなってきた。雨が降るのかもしれない。

 よく、こういう雨の降りそうなシーンでは良くないことが起こる。でも、僕の場合、既に良くない方向へ向かっている気がした。

 というのも、今から「裏側」に行かなくてはならないからだ。

 裏側、というのはその名の通り「学校の裏側」のことだ。

 何が嫌かって、普通に危ない。危ないのだ。世間でいう「不良」というやつらがうろついているから。教師はもちろん、地元の警察官ですら手に負えない状況だ。

 なのに、この先輩ときたら……っ!!

「拾おう、拾おう♪ 私は元気〜♪ ゴミ拾いだいっすきぃ〜♪ どんどん拾おうっ♪」

 何が嬉しくて、そんな替え歌を歌っているんだっ……。


 あぁ、ここの曲がり角を曲がればもう「裏側」である。……せめて入院だけは避けたい。まあ、大人しくしてれば何もない、何もないはずだ!


「とーちゃくっ!!」

 ノォォォォォーーーーーンンッ!! いやいやいや、何やっとるんじゃいっ!!


 すると、そこにいた獣たちが一斉にこちらを向いた。


 あ。


 こりゃ、終わったな。




 さらば、僕の人生。







 僕の意識はそこでプツリと消えた。




 *


 タバコの……匂い?


 雨の音もする。


 ここは、どこだ? 真っ暗だ。

 いや、僕が目を閉じてるから暗いのか。


 恐る恐る、目を開けてみた。



「うわぁぁっ!」

 目の前には、銀髪で鼻にピアスをつけたごつい女の子がいた。

「あ、気がついたぞ」

「おい、はなやろぉ、オメェんとこの坊主が起きたぞ」

 すると、聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。

「はいは〜い、ちょっと待ってて」


 なんだ、このシチュ……?


 辺りを見渡すと、ここは公園のベンチだということがわかった。ちょうど屋根があるので雨に濡れないようになっている。

 小宮先輩が来た。

「せんぱ……」

「このばっきゃろぉ!」

 一瞬、音が全く聞こえなくなった。鼓膜が破れたのかと思ったくらいだ。

「んな馬鹿デカイ声出さないでくださいよっ」

「心配かけさせやがって。あんた、どれだけ寝れば済むんだよ。もう最終下校過ぎたんだけど」

 時計を見ると、7時を指していた。やはり、真っ暗に見えたのは目をつぶっていただけだからではなかった。

「もうね、射胃無シャイナとか虎之助とらのすけとかがつきっきりで看ててくれたんだから!」

 名前を聞いた時、ハーフの子でもいるのかと思ったが、全員どう見たって根っからの日本人だった。


「あ、ありがとうございます」

 すると、射胃無さんがニコニコして答えた。

「イイェー。……てかさ、あんた体弱すぎだろ。キモいわぁ」

 キモい、と言われて良い気持ちになるやつはいない。

 きっと、顔に現れてたのだろう。先輩が僕の足を踏んづけて来た。

「イッタァ!」

 すると、先輩は僕の耳を思いっきり自分の口元まで引っ張った。

「射胃無は翼のこと心配して『キモい』っつたの」

 それだけ言うと、先輩は僕の耳をバチっ、と音がする勢いで離した。……だからいちいち痛いって。


「それから、ツッバーの分のゴミ拾いは悟空ごくうがやってくれたよ」

 と答えたのは、ボブの黒髪で不良とは思えない、普通の感じの可愛い女の子だった。

「ゴミ拾うって綺麗になるからいいよな! 体力もついたし」

 と悟空さんらしき人が答えた。

「みんなほんっとにありがと! また今度ゴミ拾い行くから!」

「「「おう!」」」


 僕はほとんど話についていけないまま、先輩に腕を引っ張られながら帰った。


 いつのまにか、雨は止んでいた。






 *

「先輩は、あの人たちと知り合いなんですか?」

 帰り道、僕はずっと気になっていたことを先輩に聞いてみた。

「うん、中学のときのね。私が隣町の暴力団に襲われたときに助けてくれたんだよ」

「ぼっ」

 暴力団って……。漫画の世界だけだと思っていたが、現実にいたのか!!

「襲われたって?」

 すると、先輩はいつものように僕を睨みつけた。

「両手両足を束縛されて脱がされたの。あと一足遅ければ、やられてた」

「なっ……!」

「ったく、乙女にこんなこと言わせんなよ」

「いや……まさかそんなに重い話とは思ってなかったんで」

 そんなの、余程そういう街に出歩いたりしない限りないと思っていた。

「まあ、そんなときに暴力団を突き返してくれたんだよ、あいつらが! あんまり覚えてないけど、すごい決闘みたいになってた」

 うわぁ、そんなことが現実世界であっていいのか。

「で、その裏で凛奈りんなが警察を呼んでくれたの。あの子なら、不良に見えないからね」

 おそらく、さっきの可愛い子のことだろう。

「他の人は捕まらなかったんですか?」

「そこは、うまく逃げ切ったからね」

 それって良くないんじゃ……?

「そのあとは、毎日つるむようになって、仲良くなっちゃった。……それまでは、私、不良ってすごい嫌いだった」

 風の音で、先輩の声が少しかき消された。互いの髪が、気持ちよさそうになびく。

「でも、見た目だけで判断するのって良くないなって思うようになった。あの子たちの中には、両親がいないとか、余命10年の子とか……そういう子もいるんだよ」

 先輩の瞳は、どこか遠くを見つめていた。

「私は、自分と一緒にいて楽しい人が好き。そういう人なら、不良であれヤクザであれ、関係ない。大好きなんだ」

 先輩がはにかんだ。僕はその横顔をしばらくの間、無意識で見つめていた。

「あぁ、それと……か弱いやつでも」

 と言って、先輩は僕の顔を覗き込んできた。ドクン、とほんの一瞬だけ心臓が跳ねる。

「あー、今照れたっしょ! 絶対照れてた!」

「……っなことないですよ」

「ふーん?」

 先輩の顔が意地悪く笑っている。

 ……うん、多分さっきのは気のせいだ。そうじゃなかったとしたら、きっと先輩が怖すぎて緊張してたんだ。そうだ、そうだ。


「じゃ、次回は倒れんなよ。私の後輩くん」

 先輩がにっこり笑って言う。

「はいはい」

 僕も苦笑して答える。



 大きな松の木がそっと僕らを見守っていた。






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