第2話 グリ活スタート

小宮こみや先輩! 資料持って来ましたよ!」

 暑い。制服のシャツの第二ボタンまで開けて、パタパタさせる。

「おっけ、ここ置いといて!」

 そう答えたのは、長い黒髪をポニーテールに結わき、前髪をピンで止めた姿の少女……もとい、小宮花華こみやはなはな先輩だ。


 グリーン活動部(略して、『グリ活』)に誘われてから、一週間が経った今。

 やはり、グリ活は元から存在することのない部活だった。そのため、僕と先輩を中心にして部活結成をしなくてはならない。

 そして、今僕が持って来た資料というのが、「部活動の規則」という資料だ。先輩が、それをじっくり読んでいる。

「ふーん……なるほど」

 と言った先輩の目は、僕の方に向いていた。背筋が凍る。……嫌な予感だけしかない。

つばさ、部長命令だよ! 残り3人、誰でもいいから署名を集めてきな」

「ラ……ラジャー!」

 めんどくせぇー……。


 とりあえず、まずはいつもつるんでいる男子に声をかける。

「あのさ、新しい部活を作るから名前だけ貸してくんない?」

 すると、みんな気前よく答えてくれた。

「あぁ、いーよ。他の部活のやつらにも名前貸してるし」

「そーそ! 多めに部活入っときゃ、ちっとは受験で優遇されるかもしんねーじゃん?」

「お好きにどーぞ」

 ……よし、受験に優遇されはしないと思うが、ありがたく名前を使わせて頂こう。

「ありがとな」

 短くお礼を言って、僕は新しくできた部室へと向かう。


 部室といっても、広さは普通の教室の四分の一くらいだ。しかも、元は物置として使われていたから、埃と蜘蛛の巣だらけ。……たまにゴキブリさん。

 そんな部屋に小さな机一つと、椅子二脚で僕らは活動する。

「グリ活」と油性ペンで殴り書きしたガムテープが貼ってあるドアを、小さくノックする。

「先輩、戸塚とつかです。入りますよ」

 すると、中から「ふぁ〜い」という気の抜けた返事が聞こえてきた。……クソ、こっちは働いてるっつーのに。

 ドアノブに手をかける。ここ数年、物置として使われていたが、人が入ったことはほとんどないらしい。そのせいか、ドアを開けるのにもかなりの力が必要だ。

「せいっ」

 と声を出して腕に力を込めると、ドアが奇妙な音をたてて開いた。

「おぉ、翼すごいね。さっき、うちのクラスの陸上部のやつがここ来たけど、なかなか開けられなかったよ」

「それはどーも」

 陸上部だからといって、必ずしも力が強いとは限らないじゃないか。きっと、その子もこの先輩に散々バカにされたのだろう。ちょっとだけ、会ったこともないその人に同情した。

「それで、署名集めましたけど……これからどうするんですか?」

「お、よく聞いてくれた弟子よ!」

 ……僕はアンタの弟子になった覚えはないぞ、断じて。

 先輩は、ニコニコしながら話し始めた。

「顧問の先生が決まったんだ! 佐上陽奈さがみひな先生、知ってるか?」

 知ってるも何も、我がクラスの担任である。

「はい、僕のクラスの担任ですから」

「あ、そっか。翼、3組だっけ?」

「はい」

 それで、早く話の続きを聞かせてくれ。

「……わーった、わーった。早く話せって思ってんでしょ? 顔に出てるっつーの」

「……否定はしません」

 かわいくないねぇ、とブツブツ文句を言われる。

「んで、一応部活としては成り立ったわけだ。だから、あとは校長先生とかに署名もらいにいくだけ」

「はぁ」

 ……あぁ、わかる。次の展開がわかってしまった。

「翼、いってこい」

 先輩は語尾にハートマークを付けたような声で言った。……その笑顔が怖すぎる。

「なんで僕ばっかり……」

 思わず声をもらす。

「あん?」

 ……ひぇぇぇ!

「いっ……行ってきまーす!」

 僕は、ダッシュで部室を後にした。



 いざ校長室の前に立つと、緊張で胃が痛くなった。キリキリする。

 ノックしようと手を伸ばし……ビビってまた引っ込む。そんなことを何度も繰り返していると……。

「あの、何か御用ですか?」

 後ろを振り向くと……今、まさに会おうとしていた校長先生がいた。

「あっ、あの……校長先生に用がありまして。えっとですね……」

 しどろもどろになりながら、なんとか要件を伝える。

「ああ、そういうことですね。わかりました、今すぐ署名しますね」

 と言って、校長先生は校長室の中に消えていった。

 ふぅ、とりあえず任務完了だ。



 そのあと、校長先生から書類を受け取り、「部活証明書」とやらを作ってもらった。これで、グリ活はれっきとした部活となる。

「先輩、戸塚です。はいります」

 そう言って、部室に入ると……。

 見違えるように、綺麗に整理整頓されていた。掃除も隅まで行き届いている。

 先輩は、机の上で寝ていた。

 そっと近づいてみる。

「げ」


 なんだこの顔はっ……!


 いつもの可憐かつ美女の雰囲気は何処へ。

 白目を剥いて、口からはヨダレだらだら。しかも「ふぇっへへ」とか変な寝言を言いだしてるし。


 多分、この部活を成り立たせるのに色々苦労したんだろうな。

 そう思うと、その変顔もちょっとだけ可愛く思えた。



 これから、グリ活がスタートする。




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