第24話 花冠

 こんな夢を見た。


 砂塵の上がる砂漠を、一人歩いている。もう何年も歩き続けているような気がする。 


 自分は某国に使える従者である。といっても騎士や側近なんぞの立派な役職ではない。下役の下役のようなものであった。


 ただ幸いなことに、この国を統べる女王の信頼は厚かった。自分は分不相応にも、彼女と話をすることができる身であった。


 そして今、その女王の命が危機に瀕している。


 疫病なのか、暗殺者の毒なのか、それとも呪術を受けたのか、風邪を拗らせたのか……ともかくも、彼女は今、病床に伏せっていた。


 植物が枯れるように、徐々に美しさを失っていく主を見るにつけ、自分の心は軋んでいった。


 ある日、主がこちらに手を伸ばして言った。


『私の王冠はどこにいっただろうか? 我が国の花をあしらった、あの王冠は……』


 そういえば確かに、女王の頭上には王冠はなく、収めておくべき場所にも、傍の机にもなかった。


 これではあまりにも悲しく、不憫だと思った自分は、それなら私が探して参ります、と告げて王冠を探す旅に出た。最後に見た彼女は、とても嬉しそうだったので、間違った選択ではないことだけは確信した。


 しかし探せども探せども王冠は見つからない。砂漠の中にあるはずなのだが、と思いながらも、どこまで行っても見えるのは砂、砂、砂。


 これはいよいよ困ったぞ、と泣きそうになると、急に砂漠が草むらとなった。ところどころ小さく可憐な、白い花が顔を覗かせている。


 自分は喜びながら緑の絨毯の中を探した。


 が、やはり探しても探しても王冠は見つからない。


 不意に、もう時間だ、と思った。間に合わない、と思った。


 致し方なく、王冠を探すのは諦め、昔、彼女に教わった、草の冠を作って持っていくことにした。


 幸い、彼女は事切れていなかった。私は安堵したが、肝心な王冠を探せなかったことを申し訳なく思い、声をかけられずにいた。


 すると、彼女の方から声をかけてくれた。


『よくぞ戻った。して、我が冠は何処いずこに』


 自分は、おずおずと進み出て、顛末を伝え、謝罪した。申し訳ありません、御身が戴く冠を見つけることができませんでした、と。そして、その代わりに、と草で編んだ冠を女王の頭に載せた。


 彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。気概に満ちた、慈愛に満ちた、至高の美に満ちた、あの顔だった。


『大儀である。これこそ余が求めていた王冠である。ありがとう***』


 最後に自分の名を口にして、彼女は眠るように生き絶えた。


 女王の突然の死に、周囲の家臣たちはパニックになった。そして、あの草冠を載せたことが死因に違いない、として、自分は公衆の面前で処刑されることとなった。


 自分は、というと、もはや彼女のいない世界に未練はなく、大人しく“そのとき”を待っていた。


 すると、群衆をかき分けて、一人の少女が、自分の目の前に進み出た。あまりにも不憫に思ったのか、少女は両の手で、水をすくうようにスマートフォンを持っていた。その画面に写っていたのは、紛れもなく、我が主人の横顔であった。どこか遠くを見つめる顔。頭上には、自分が作った草の冠が載せたれている。


 自分は、ありがとう、と少女に言って目を閉じ、冠に編み込んだシロツメクサの花をまぶたに描いた。


 その花冠を戴く彼女の横顔は、どこか悲しげで、それでも自信と誇りをたたえていた。


 自分はあらためて、「よかった」と思いながら、そうして、処刑されていったのだった。

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掌編・四方山話 黒崎葦雀 @kuro_kc

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