第21話 冬果ートウカー
「いつだったか……秋口にところてんを食べる会、みたいなのがあったけど……」
蒼太の目の前には、青いガラス製の器が置いてある。そこには淡雪のような輝きをもつ氷の結晶が、雪を頂いた冬山のごとく鎮座していた。
「あのとき、少しおなか壊したんだけどさ……」
そう言って傍らの少年を見る。
「これは……かき氷は今度こそやばいって……」
自分で考えうる最高の恨み顔をしたが、当の相手は意に介す様子がない。というより、もはやあきらめの体なのであろう。その顔は雪山で遭難した者のように青白い。
「もはや恒例行事みたいになっちゃってねぇ……で、イチゴとメロンどっちにする? 練乳かける?」
「おい、お前もたまには怒っていいんだぞ。NOと言えるようになろうぜ、日本人。」
「いやあ~なんせ八百万の神様も共同参画だからねぇ……」
ちらりと、流し目で、左脇の人物を見る。相手もその視線に気づいたが、
「ん? どうした、若者。顔が青白いではないか。ホレ、いつも小食だからいかんのだ。お前くらいの年ごろのもんはな、食うことも仕事だと思わんといかん。さあ、狐、若者にどんどん盛るがよい。」
と、視線の意図にはまったく気づく様子はなかった。
「あ、あのぉ~ヒノカミ様、どうして、こんな時期にかき氷なんです? さ、寒くないいんですか?」
蒼太は必死の思いで作り笑いを浮かべ、“カミサマ”にお伺いを立てる。
ヒノカミと呼ばれる神は、艶めかしい娘の姿をしていた。どこから仕入れてきたのか、ランニングシャツにジーンズという、明らかに神様と呼べないしわからない出で立ちである。
(頭の中、一年中夏なんじゃないかね、このカミサマ……)
そんなヒノカミサマサマは、艶っぽい流し目と声で、蒼太の問いに答えた。
「ああ、大丈夫だ。問題ない。そもそも神体に温度なぞ感じぬからな。」
(あ、ひでえ……)
蒼太は心中で涙を流した。
「以前、仙太夫が『寒期に冷菓を食すことこそ粋の極み』なんぞとぬかしておってな。聞けば“ところてん”なるものを食して、そのようなことを言っておった。それがいかなる食い物かはわからぬが、氷菓に勝る冷菓はあるまい。ここは一つ、わしが真の粋というものを見せてやろうと思うてな。当の仙太夫は留守で来られんのが残念ではあるが。」
得意げなヒノカミサマをよそに、蒼太は少年と目で意思を通わせた。
(あの猫ジジイ、今度こそ殺す。)
「さあさあ、皆様方、まだまだ氷はありますから、たんと召し上がってくださいませ。」
そういいながら、娘の姿をした狐が、彼らの器にどんと氷を追加した。
蒼太は、この娘に少なからぬ好意を持っていた。いや、あわよくば恋仲に……とも本気で思ったこともある。もちろんその正体には気づいていたが、狐の身がいかほどのことやあらん、とまあ、はたから見れば愚かしいほどに純朴な意思を貫いていたのである。いや、貫いていた。しかし、この山と盛られた氷を見るに、それをかき氷器でかいていた本人の心そのものなのではと思ってしまい、あわれ、蒼太少年のあの純真な心は、氷山にさえぎられるがごとくに、途絶えたのであった。
「紫翠さん……あの、これは、ありがた……いんですけど、あの、紫翠さんは、お寒うございません?」
これまた精一杯の笑顔で尋ねた。
「ええ、とくには。一生懸命氷かきをしていると、逆に暑くて……」
と、狐も満面の笑みで答えた。
「ああ、なるほど。ハハハ……」
(自分は食ってねーのかよ!)
まやもや声には出さないが、心の中で涙を流し突っ込みを入れる蒼太であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます