第12話 鵺

 修学旅行での出来事だった。

 

 深夜、さすがに皆寝静まった頃だ。

 

 一人、目が覚めてトイレに行こうとしたとき、何とも言えない奇妙な音が聞こえてきた。どうやら、外からのようだった。

 

 その旅館は裏手が雑木林になっていて、部屋(団体部屋で男子は全員同室)の窓からちょうど見える。


 僕は窓を開けて耳を澄ませた。すると、やはり林の方面からあの音が聞こえてくる。雉の鳴き声のような、猿の悲鳴のような、それでいて犬や狼のうなり声のような、でも、鶯ばりの美しさも持ち合わせていた。

 

 僕は黒い林をじっと見つめた。月も星もちょうど雲に隠れているところで、林は黒い一体の獣のようだった。

 

 ふと、何か光るものを見た気がした。窓から身を乗り出して、よく探してみる。

 

 また、あの音が聞こえた。

 

 そのとき、さっき光を見た辺りに、先ほどより強く、鋭い光が二つ瞬いた。それは、すごい速さで、黒いうっそうとした木々の間を走ってくる。


 (こっちに、来る……)

 

 光は一直線に旅館に、いや、この部屋のこの窓めがけてやってくる。僕は怖くなって窓を閉めようとしたが、体がまったく動かなかった。

 その光は林を抜け、空を翔け、窓のすぐ近くまでやってきた。


(喰われる……)


 本能的にそう感じた。


 そのとき、強く後ろ側に引っ張られ、次の瞬間には窓が勢いよく閉まった。そして何かが窓にぶつかった。


「寒いから閉めてよ~」


 そこには隣に寝ていた友達が眠気まなこで立っていた。彼が襟を引っ張って中に入れてくれたらしい。


「い、今、何か……変なのが向かってきて、窓にバンって……」


 混乱した頭で僕が言えたのはそのくらいだったが、友達は寝なおすため早々に布団に入っていた。


「だから窓開けちゃだめだよ……ありゃ鵺だから……」

「ヌ、ヌエ……?」

「とりみたいな……たぬきみたいな……なにかで……へたすりゃ……」

「え……ねえ、下手すりゃ何なの?」


 寝入りそうなそいつを揺り動かして、無理やり、そして恐る恐る、尋ねた。


「んん~……たべられ……ん~」


 そうつぶやいて、そいつは眠ってしまった。

 僕はトイレに行くのも忘れて、そのまま急いで布団をかぶった。

 

 ちなみに次の日の集合には遅れてしまった。

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