第11話 Night Flight To Tokyo ー 夜間飛行 ー

 出張先のシチリアから東京へ帰ることになった。

 次の日の用件を考えると、当初予定していた航空会社にはちょうどいい時間の便がなかったのだが、友人が違うところを紹介してくれたので、私は勧められるままにそちらを利用することにした。

 しかし紹介されたのは小さな個人営業のような航空会社だった。しかも飛行機はかなり昔の、古い映画にでも出てきそうな、プロペラ式の機体で、色は臙脂えんじであった。

 今思えば実に不思議なことだが、その時の私はあまり躊躇ちゅうちょすることなく、その飛行機に乗った。乗客は私だけだった。

 小さな窓から見える景色は、当然ながら黒い夜空。それと、高度が低いせいか、街々の灯りが見えた。その光を見ていると、道路や河やそれに架かる橋、そして一軒一軒の家庭といった街の輪郭が浮かんでくるようであった。

 私は宿があった方向を眺め、忘れ物はないだろうか、と今更ながらに思った。

 しばらく下の夜景を眺めていると、窓の外、翼の近くに何か飛んでいるものがあることに気づいた。

 それは一羽のコウノトリであった。

 コウノトリは子どもを運んでくる鳥と言われている。もちろんその時見た鳥は、赤ん坊を包んだ布をくわえて、なんてことはなかった。ただ、何かを運んでいるような感じがした。いや、当然何もくわえてはおらず、足にも何もつかんではいなかった。

 けれど、その鳥は確かに運び屋であることを、私は確信していた。そしてそれは私宛のものであるとわかった。しかし次の瞬間には、雲の中に入ったのか、鳥は見えなくなった。

「お手紙ですよ」

 突然声をかけられて驚いた。そこには金髪の女性が、一通の封筒を差し出して立っていた。アテンダントの人だろうか? 乗ったときは確かに私一人だったのだが……訝しく思いながらも手紙を受け取り、開けようとすると、その人が手をかざして制止した。

「今は開けないでください。ご自宅にお着きになってから、お願いいたします」

 訳の分からないことをいうものだ、と不思議に思いながら、私はその手紙を懐にしまった。

 その女性は軽く会釈をして、後ろの席の扉から出ていった。

 その後ろ姿を見て、私はその人とどこかで会ったことがあるような気がしてきた。けれどよく思い出せない。疲れも溜まっていたので、そのときは考えるのをやめにして、一眠りすることにした。


 飛行機の着陸時の振動で目が覚めた。

 飛行機が止まってから、かなり経ってもアナウンスも何も聞こえなかったので、支度をして降りることにした。外への扉は開いていて、階段もちゃんと降りていた。しかし誰もいない。あの女性を探したが、やはり見つからなかった。

 後ろ髪を引かれる思いで階段を降りたが、何とそこは家の近所にある空き地だった。しかしもはや驚く気力もなく、そのまま家へと向かった。

 自宅に着いて一息ついた後、あの手紙を思い出し、封を開けた。すると、何かがコトンと落ちてきた。薄紅色の貝、「桜貝」を飾った指輪だった。そして同封されていた薄紅色の便箋には、たった一行、こう書いてあった。


 ――誕生日おめでとう――


 それを見て思い出した。幼い頃の記憶。

 5歳のときだったろうか。私はあの人が大切にしていたこの貝殻を、欲しくてたまらず、ねだったことがあった。その時あの人は言った。


 ――20年後、あなたが立派な大人になっていたら、誕生日にこの貝をあげる――


 その人は若くして亡くなり、ともに人生を歩むことはできなかったが、私の憧れの人だった。

(そうか、今日は誕生日だったな)

 貝の指輪を眺める私の目は、ひどく濡れていた。

 そしてかすれ声だったが、自然と声になって、つぶやいた。

「ありがとう……姉さん」

 私はしばらく、朝日に輝く薄紅色の貝を、見つめ続けた。

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