第7話 野天風呂

 部活の仲間と旅行へ行った。


 宿も値段の割にはいい部屋で、何より温泉がある。というより温泉が目当てだったから、そこに重点をおいて見つけ出した宿だ。


 その温泉だが、結構整ったもので、通常の風呂に加えて、野天風呂、泡風呂、水風呂、サウナまであった。


 野天風呂は広くて、お決まりのように泳いでるやつもいた。自分はちょっと送れて行ったので、みんなとは別に、一人湯煙の中にいた。


 周りは竹林で、その向こうはおそらく山になっていたと思う。夜で湯煙もあったし、第一眼鏡をかけていないので、輪郭だけぼやっと見える程度だった。


 正面にある灯篭の明かりをぼーっと見ていると、誰かが入ってきて隣に座ってきた。やはり誰かわからなかったが、


「おばんです」


 と言ったので、部の仲間でないことだけはわかった。


「こんばんは」


 と自分も応える。相手は手ぬぐいを頭に載せ、その手を正面に向けた。


「あそこに火が見えるでしょう」


 相手が指差す方を見ると、さっきまで見ていた灯篭があったので、それかと思っていると、


「そちらではなくてあちらですよ。ほら、竹林の向こう」


 と、何を見ているかわかっているかのように、自分の視線を修正してきた。それで言われた通り、正面奥の竹林のさらに奥を、目を細めてじっと見つめた。やはりぼんやりとしていて、何がどうなっているのかわからない。


(まあ、いいや)


 そう思って視線をそらそうとした、その時、竹林の奥の暗闇に、赤い火が灯ったのが見えた。


 火はゆらりゆらりと、円を描くように周りながら浮かんでいる。


(ひ、人魂?)


 驚いて目を凝らすと、さっきより火が大きくなっている気がした。いや、気がするどころではない。実際大きくなっている。いやいや、こちらに向かってきているのだ。


 火はどんどん迫ってくる。点だった光がもはや炎となりつつある。


(え……? や、やばくね?)


 そしてついに自分の目の前にまで迫った。その瞬間、


 ボッ


 火は音を立てて破裂した。


 何が起こったのかわからない。それで恐る恐る隣の人の方を向くと、そこには影も形もなく、白い湯煙が立ち上る景色だけがあった。


 もう一度正面奥を見つめたが、竹林の暗闇は暗闇のままだった。


(狐か……狸にでも…………化かされたのかね?)


 頭がはっきりしなかったので、早々に風呂から出ることにした。そのとき笑い声を聞いたような気がしたが、振り返ることはしなかった。

 

 ちなみにこのことは誰にも話していない。

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