第2話 真夏の花・真夏の夢
大きなお屋敷でした。
私はそこの縁側に腰掛けて、暗い庭を見ていました。
夜です。月は三日月でした。
私は黒地に赤い彼岸花が染め抜かれた振袖を着ていました。
庭は、月の光でうっすらとは見えますが、ほとんどが宵闇に溶け込み、何があるのか分かりません。
もっと見えないかなぁ、と思っていると、庭の奥の暗闇から一匹の蝶が現れました。
辺りは真っ暗なはずなのに、何故かその蝶だけははっきりと見えました。
揚羽蝶くらいの大きさで、黒い体に黒い羽を持っていることまで分かります。
蝶は黒い夜の中、漆黒の羽を小刻みに動かし、しかし、羽衣を揺らしているかのように優雅に舞い、ゆったりと私の目の前にやってきました。
私は指に蝶をとまらせようと、右の人差し指を目の高さに差し出しました。
蝶は引き寄せられるように、私の白い小枝に触れようとしました。
その刹那、目の前に銀月のような輝きが現れました。白刃の刀でした。
蝶は私の指にとまることなく、その身は二つに断たれ、地に落ちてしまいました。
横を見ると、若い男性が一人、立っていました。
刀を鞘に収めていました。
――夜の蝶には、気をつけた方がいい。夜の闇を吸い、羽が黒くなっている。触れると、溶け込みます――
蝶に目を戻すと、両に裂かれた羽が、砂のように消えていくところでした。
私は、それを見て、とても惨めな気持ちになりました。
ですから、男性に向かって、こう言ったのです。
――それでも、よかったのに――
男性は何も言わず、暫く黙って、手に持つ刀の鍔を、持ったほうの親指で撫でていましたが、灯りを点けましょう、と言うと、パッと橙色の光が辺りに広がりました。
傘の付いた裸電球が、男性の頭の隣にありました。
その光が庭を照らします。
奥までは光が届きませんが、ごく普通の、よくある日本庭園でした。
そのことが、私をさらに惨めな気分にさせました。
ですから、今一度、夜色の蝶にやってきて欲しいと思い、男性に向かって、
――灯りを消してくださらない?――
と頼んだのですが、男性はちっとも動こうとしません。
私は諦めて、光の届かない、庭のずっと奥の叢を、今もじっと見つめ続けているというわけです。
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