掌編・四方山話
黒崎葦雀
第1話 虫の音
夜の帳に響く、妙なる鈴の如き音が、雨後の清涼たる空気を一層引き立てる。
止め処なき音の洪水は、闇の中にあって存在を示し、安心感にも似た感覚を与えてくれる。
月は群雲に身を隠し、今宵は顔も出さぬおつもりのよう。ゆえに庭は黒一色の風景。
こんなときは、逆に灯りを燈すほうが無粋というものだ。
チッ
すぐそばで音がした。音の主は見えないが、脈拍のように規則正しく音を連ねていく。すぐ近くにいるのだろうか?
暫く微細だが、軽快な音を鳴らした後、その者は黙ってしまった。
私は縁側の隅の暗闇に目を向け、無駄だとは知りながらも、音の主がどこにいるのかを探してみる。それは、ここにはいない人を間近に想像するような、何とは無しに、聊かの恥ずかしさを伴うことだった。
勝手に一人で照れていると、隣に誰かが座ったような気がした。
視線をそちらに向けると、ススキ柄の着物を着た女性が座っていた。
辺りは真っ暗で、何も見えるはずはないのだが、その着物の折り目まではっきりと見分けられた。
その女性はにこりと笑って、
――あまり見つめないでくださいまし――
と一言言ってから、庭先に降り、かと思うと暗闇の中に溶け込んでいってしまった。
私は暫く考えてから、ああ、と理解したつもりになって、申し訳ない気持ちと惜しい気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
それ以来、近くで虫の音が聞こえても、決して声の主を探そうとは思わなくなった。
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