第8話

「また知り合いか。友達が多くて羨ましいな~」


 黒はあざ笑う。


「言ってろ」


 リーダーこと、ヤッちゃんは黒に拳銃を構え直す。


 「おうおう、引き金は引かせないでくれよ」一歩下がる黒。


「少しでもお前を信用した俺がバカだったよ」


 ヤッちゃんは奥歯を噛み締め、後悔の表情を浮かべだす。


「ちょっと待ってくれよ——誰が信用してくれって言った? そっちが勝手に思い込んでただけのことを押し付けんなってんだ。てかよー仕事中に昔のお友達と再会して、仲間に銃口向けるような奴とどっちが信用できるのか、甚だ疑問だね〜」


 一瞬、視線を逸らすヤッちゃん。

 目を閉じ一つ大きな呼吸をして、再び視線を戻すヤッちゃん。


「お前に確認したいことがある」


 「何なりと」黒は首を左右に曲げる。ポキポキと音が鳴る。


「なんで本物の銃なんて持ってんだ?」


「そりゃこっちのセリフだよ。人質に手を出さず危害を加えない優しい優しいリーダーさんが何でそんな物騒な、しかもサプレッサーまで付いたものを——」


「俺が聞いてんだ。話を逸らすなっ」


 ヤッちゃんの怒号で静まり返る店内。

 眉間に皺を寄せ、大きなため息をつく黒。


「生ぬるいからだよ。ニセモンの銃だけで銀行強盗するなんてのがふざけてんだよ」


 「いいか?」片眉をあげて、嘲笑うように笑みを浮かべる黒。


「人質ってのは、ペットと同じなんだ。一番初めにどっちが主人か分からせなきゃ、ずっとバカにされ続けるだけだ」


「でも、それだけじゃないんだろ?」


「あ?」


「他にもあんだろって言ってんだよ」


 「……」黙る黒。


「もう全部分かってんだ」


 ヤッちゃんの『全部』という言葉に反応したのか、黒の眉がピクリと動く。


「話す気がないなら俺が言う。最初っからお前は、俺らを警察に逮捕させることが目的だった——そうだろ?」


 人質は声を上げない。今の時点では怖いというよりかは、聞き入っている様子。

 だが、緑・紫・黄色がそれを補うように「え!?」と反応を示す。


 「フッ……フフフフ」不敵に笑い出す黒。


「流石はリーダー——いや、俺もヤッちゃんって呼ぼうか?」


 「ヤだね」拳銃の位置を少し目線寄りにするヤッちゃん。


「テメーにはゼッテー呼んで欲しくない」


「んじゃあリーダーのままでいいよ、別に。で、なんだっけか……本来の目的だっけか? そうそう。まさにその通り、大正解だよ」


 黒は笑みをこぼした。まるで本当は言いたくて仕方なかったことを抑えていたが、それが一気に解放されたような、にんまりとした笑み。


「全て盗んだ後、これで脅してどっかに閉じ込めておき、『犯人らしき男たちを見た』って通報しようってな。そこにマスクやら多少の金が入ったバッグやらをわざと残しておけば、通報が嘘かどうかはすぐ分かるからな。警察の皆さんにはお世話になったからなー、親切にしねぇーとバチ当たらぁ」


 バレたら仕方ない、と言わんばかりに懇切丁寧に解説する黒。


 「テメー……」緑は爪を手のひらに食い込ませる。

 「何でそんなこと」紫が続く。


「俺だけ捕まり、テメーら4人だけが助かった。そんなのおかしいだろっ!」


 黒は怒りをぶちまける。

 捕まった、ってことはさっきの3人組が話していたことが関連しているのだろう。


「おかしいって……お前は金や宝石に目を奪われてたから人質からタックル決められて捕まったんだろ。お前がただの自爆しただけだろうが!」


 黄色が声を荒げる。


 「それだよ、それなんだよっ!」それ以上に黒は声を荒げる。


「人質は何でタックル決めてきた? いくら隙があるといえど、相手は銃持ってんだぞ? 撃たれるかもしれないと思えば、普通はそんなことしねえだろ!」


 黒の不満が爆発中。


「人質が『こいつらの銃はただのお飾りだ』って思ったんだよ。『使わねぇな』って思われたんだよ。もしあん時、銃が本物で、最初に天井なり壁なりに1発撃っときゃ、あんなことにはならなかったはずだ。脅しだろうが何だろうがな!」


 要するに、今回の強盗事件において黒は、金を得ることと逮捕されなかった他のメンバーに復讐すること、この2つを果たそうとしていたということか。


 黒は一息つき、荒げていた調子を戻す。


「おしゃべりはこれくらいにして、俺はこっからおさらばさせてもらう。このガキはまだ使わせてもらうぜ」


 タイチ君にさらに銃口が突きつけられる。場に緊張が走る。


 「取引しよう」リーダーが話を持ちかけ出した。


「取引?」


「俺の取り分は全部お前にやる。だから子供を離してくれ」


 「でもそれじゃ……」と後ろの天使が慌てるが、そちらに少し首を下向きに傾け、小さく横に振るヤッちゃん。まるで「いいんだ」とでも言うかのような振り方だった。


「おいおい……俺の話聞いてたか? ハナからその予定だったんだって。なのに、それで子供返したら俺が損するだけだ。第一、人質いなきゃ外で風穴あけられまくるってのっ!」


「人質なら私が……私が代わりになります。だからその子だけは……その子だけはどうかぁっ」


 「うるせぇ!」一喝する黒。


「ガキだから意味があんだよ。頭に銃突きつけときゃ、流石の警察だって下手に手出しも、バカな真似もしねえっていう意味がな……分かったら黙ってろっ!」


 なす術のなくなった母親はただただ泣きじゃくることしかできなくなっていた。


 誰がどう見ても少年が危ないと思う。だが、私はそう思わない。根拠はある。

 私は死確者に見えるよう、だが邪魔にならない位置に移動する。


 「顔を動かさず聞いて下さい」分かってるとは思うが、一応死確者に伝える。


「タイチ君は大丈夫です」


 死確者は一瞬目を小さく動かす。確かこういうのを——目は口“くらい”に物を“話す”、というんだったか?

 とにかく、目の動きで何を言いたいかは分かった。


「どこにそんな根拠がある?——そう言いたいんですよね? 言いたいのは山々なのですが、これも先ほどと同様にお伝えすることはできません」


 眉をひそめる死確者。


「でも、根拠はあります。絶対に大丈夫です」


 死神に以前、こう言えば信じてくれるという万能な言葉を教えてもらった。

 私たちは有してないが、人間にとっては効果があるのだろう。


「違ってたら——私の命、“わっても”いいです」


 反応がない……

 というか、何のことだ、という表情を浮かべている。


 あれ? 私はまた言い間違えをしてしまったか??

 実をちょっとうろ覚えであった。だけど、死神から「忘れそうになったら割り算」と覚えておくいいって……

 もしかして違えて——いや、大丈夫そうだ。

 死確者は小さく片方の口角を上げ、「……じゃあ、心置きなくできるな」と小声でボソッと呟いていたから、ちゃんと伝わったようだ。


 ……何を?


「ヤッちゃん」


「なんだ?」


 どうやら私ではなかったようだ。


「話しておきたいことがあんだわ」


「……今じゃないとダメか?」


「いつ何が起きねえからな。善は急げだ」


「ったく……なんだ?」


 声だけ死確者に向けるヤッちゃん。


「ゲームソフト持ってないか尋ねにさウチ来たの、覚えてる?」


「あぁ。アキジンから『知らないよ』って返された」


「実はさ……知ってたんだよね」


 「……ハ?」思わず死確者を見るヤッちゃん。


「あのソフト俺も買いたかったんだけど、売り切れてて。

 そしたら、ヤッちゃんが持ってたじゃん」


 ヤッちゃんの視線が斜め下に降りていく。


「でさ、3日貸してくれたじゃん? 新刊のマンガ5冊と引き換えに」


 「だから俺はアキジンの家に尋ねに」そこまで言うと、何か気づいたようだ。

 ハッとして「まさか……」と口からこぼした。


「ゴメン——借りパクした」

 食い気味に真実を告白した。


 「おまっ!」呆れたように顔を方々に動かしている。


「いやもちろん、返そうとは思ってたよ? でも、俺どうしても全クリしたくてさ……俺、返したことにしたんだよね。後で都合つけて家行った時、そっと返しときゃいいやって。そしたら、突然引越しを告げられてさ……」


 死確者は気まずそうな顔をしながら、額を擦る。


「1週間前までには返そうって思ってたんだけどそれがだんだん、5日前には返そう。でもダメで3日前には、2日前には、前日にはって伸びてって。ようやくクリアして急いで家向かったら、その時にはもう。だから、電話かかってきた教えてもらって新しい住所に送ろう——そう思って待ってたんだけど、一向に来なくて結局そのまま……」


 ヤッちゃんはおろか、この状況で昔話をするというまさかの行動に出た死確者に対し、全員ただただ呆然としている。


「理由は分かったけどさ……なんで今?」

 当然そう思うはずだ。


「だからさ」


 でもこれが、これこそが——


「返す、ヤッちゃんに」


 死確者のなのだ。

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