第7話

 「支店長か?」振り返る紫。他の色も人質も、そして私も同じ動きをする。


「違う。トイレで見つけたヤツだ」


 てことは——死確者だ。


 そして、から黒が出てきた。


 それを見た死確者は顔を歪め、また「タイチッ!」と母親が泣き叫んだ。


 黒の腕には銃口が向けられたタイチ君が抱えられていたのだ。


 まっすぐ死確者の前にやってくる黒。


「嘘ついてやっがったな?」


 黒は拳銃を構える。


 バンッ!——これまでにない程大きな悲鳴が人質の中から上がる。


 恐怖と驚きから、女性は泣き、男性は陸にあげられた魚のように口をパクパクさせていた。パニック状態であることが手に取るように分かる。


 弾丸がのめり込んだ天井には小さな穴が開いている。そこからパラパラと粉が降ってくる。


「お前……そんなものをいつ……」


 酷く驚きながら、紫が訊ねる。


「お前らが外でのうのうといる間に刑務所で密売人と仲良くなってな、ホンモノ手に入れたんだよ。ありがてーことに、友達価格で譲ってくれた」


「こんなことしてただで済むと思って——」


 「強盗してる奴が何ザケたことぬかしてんだ!?」黄色の発言を遮る黒。


「銀行に人質取って立て籠ってた時点でな、ただじゃ済まねえんだよ! いいから能無しは黙ってろっ!」


 銃口を向けられ、怖気付く他の3人。


 言った通り黙ったため、再び死確者に銃口を向ける。


「ラストチャンスだ。いいか? よ~く思い出して答えろ——他に隠れてるヤツはいるのか?」


 黙っている死確者。天井を仰ぎみる黒。


 またしても拳銃が火を噴く。

 放たれた弾丸は死確者の頬を掠め、後ろの壁に当たる。白いから余計に当たった場所が黒く目立つ。


 同時に先程以上の大きな悲鳴が上がる。黒は死確者との距離を詰めていく。


「次は外さねえぞ」


 頭部へ拳銃を突きつける。上から斜めにして、側頭部上部にぴったりと。引き金が引かれれば一瞬で死に至る位置だ。


「これが本当にスペシャルラストチャンスだ。他に、隠れてるヤツはいるのか、いねえのか?——どっちなんだ!?」


 今までで最も大きな声で叫び散らす黒。


「……いない。今度こそ本当だ」


 嘘かどうかを見極めているのか、黙ってじっと死確者の目を見ている黒。その間に流れる沈黙は、1分1秒がとても長く感じる。


 フッと笑う黒。


「ま、俺も鬼じゃないからな、信じてやるよ。でもな、また嘘ついてたり、妙なことしたら、テメーとガキの頭を吹っ飛ばすからな」


 母親は「いやぁっ」と泣き崩れてしまう。


「他人事じゃねーぞ! ここにいる全員妙なことしてみろ。同じく無残な結果になっからなっ!」


 銃口を仰ぐように向けられ、体を縮こませ黙る人質。


「おじさん、ごめんなさい。ぼくかくれてたんだけど、でもみつかっちゃって……ごめんなさい」


 タイチ君は目から大量の涙を溢れさせ、鼻水とひくつく声を垂れ流しながら謝る。


「君はよく頑張った」


「年の差の友情とは、俺は随分と感動的な場面に居合わせることができ——」


 カチャ——金属音が響く。聞こえるはずのない音だ。黒も思わず黙る。


「下せ」


 黒はすばやく向きを変える。


「ほぉー……これはこれは」


 リーダーが黒の頭に拳銃を向けているのだ。


 黒、リーダー、死確者が三角形のように並んでおり、紫・黄色・緑は死確者と黒の間後方からそれを見ているのが今の構図なのだが、なんとも不思議な感じだ。


「銃声がしたから何事かと思えば……何やってんだ?」


「何やってるってこっちのセリフですよ。なんでウチらの味方なはずのリーダーさんが俺に銃なんか向けてんですか?」


「お前が危ねーヤツだからだよ」


 黒はフッと笑う。


「ま、偽物を突きつけても意味ないんですけど、ね」


 茶化してくる黒。


 すると、リーダーは銃を上に構え、撃つ。先ほどと同様に悲鳴が上がる。だが銃声は打って変わって鋭く小さな音だった。


「本物を持ってんのはお前だけじゃないんだ」


 再び銃口を黒へ向けるリーダー。


「ほぉー……流石はリーダー。こんなこともあろうかと用意周到にサイレンサーまで付けてきたってか?」


「それにだ。お前が今脅してる男はだ」


「何?」


 今度はただの悲鳴ではなく、喜びに近い悲鳴を上げる人質たち。

 一方で、不安そうに目と見合わせ始める強盗たち。


「そんな人間の前で子供なんか撃ってみろ。体じゅうに風穴開けられて終わっぞ?」


 黒は銃を握る手を直し、口を複数回動かし始めた。動揺を隠せていない。


「ど、どういうことだ?——まさか……サツを呼んだのはお前だったのかっ?」


 不安から子供に銃を押し付けようとする黒。

 だが、仮にも警察関係者がいたという事実に対し、ためらいの気持ちが芽生えたのだろう。もし撃ってしまったら危ないのかもしれないと思ったのかもしれない。

 どちらにせよ結果的に、タイチ君への強迫が数分前のそれとは明らかに緩んでいた。


「ち、違うっ! 俺は呼んでないっ!」


 何度も首を振り、否定する死確者。タイチ君の安全を配慮しての行動だろう。


「さっきお前自身が『ケータイは使えないようにしてた』って言っていただろ? それに、俺が刑事だったのはもう何年も前のことだ。今はもう何一つ関係ない」


 死確者の一言で、黒の顔を少しだけ地面へ傾けた。


「てか、そもそもなんでこいつが刑事だって知ってんですか?」


 黒は片眉を上げ、リーダーを見る。


「昔、偶然な。テレビのニュース番組にチラッと映った時、もしかしてと思って調べたら予感的中。全く……勘がいいってのも考えようもんだな」


 「もしかしてってなんだ?」という黒の問いかけに、「にしても驚いたよ」とリーダーは無視して続ける。


「久々の再会がまさか、こんな形になるとは……」


 俯きながらボソッと、そしてなぜか柔らかい口調で呟くと、リーダーは片手でクラウンのマスクの後ろに手を回す。

 パチッと何かを外す音が聞こえる。


「な、なにやってんですか!?」

 それが何か分かった紫・黄色・緑が慌てて止める。だが、これも無視。


 まさかだった。


 リーダーはマスクを取ったのだ。素顔を明らかにしたのだ。


「久しぶり」


 口角を上げて微笑むリーダー。


 「もしかして——」その表情を見て、死確者は何かに気づいたようだ。


「ヤ……なのか?」

 死確者の声は震えている。


「そうだよ——


 親友とのまさかの再会。


 こんな状況のことを確かこう言うんだったはずだ——“運命のイタズラ”と。


 もちろん驚いた。驚いたのだが、それ以上なことがあり、それは最下位の驚きが薄れてしまった。


 いたのだ。正確には私の後ろからヤッちゃんの後ろへ行ったのだ。


 天使が——今度は知り合いではなく、の天使が。


 私と目があった時、頭に被った白い帽子を取って挨拶してくる。あっけにとられていた私は少し遅れて慌てながら挨拶し返す。


 これはつまり、三角形のような形で並んでいる3人がこれからすることに私はということを意味している。


 少し古いが、こんな状況のことを確かこう言うんだったはずだ。

 チョーベリーバッド、略して“チョベリバ”。

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