第6話

 マズい……外したのがバレたら、相手は何をするのか分からない。


 「軽く付けときます」私は人差し指を縦にクルッと回して、接合しておく。「どうぞ」と声をかけるとすぐに、半分慌てながら死確者は立ち上がり、「ここだ」と拳銃とともに指し示された地点へ歩いていく。


 「他に隠れてるやつは?」死確者が目の前に来ると、早速黒は問い始めた。


「いない。俺だけだ」


 「ちなみに——正直に、だからな?」釘を刺される。


「答えてる。信義誠実に、な」


 すると、死確者の額に拳銃が突きつけられる。人質たちからの短い悲鳴が上がる。

 死確者はじっと黒の目を見ている。逆も然り。瞬きせずに互いに見合っている。


 「おいっ」と言う緑の声は2人には聞こえていない様子。


「隠してたら、お前もそいつもぶっ殺してやるからな。覚悟しておけよ?」


 微動だにせず、無言のまま黒を睨みつける死確者。


「頷きもしない……チッ、いけすかねぇ奴だ。さっさと戻れ」


 黒は追い払うように拳銃を振る。


 死確者は私の隣へ来て座る。座ったのを確認して、黒も踵を返す。


 全く……物騒な集団だ——私は拘束用具のすぐさま接合を解く。


 戻ってきた黒に「ど、どうする? もし通報されてたら」とおどおどしながら訊ねる黄色。


「大丈夫だ、通報はされてない」

 堂々と言い放つ黒。


「どうしてそう言い切れるんだ?」


 紫の問いに黒は「それは……」と、どもってしまう。


「とにかくっ、ケータイは使えないようにしてた。だから、そいつが通報することなんてできな——」


 すると、外から一斉にサイレンの音が聞こえる。


 「な、なんだ?」犯人はもちろん、人質たちでさえ戸惑い不安そうに辺りをキョロキョロしている。ただ、1人を除いては——


「犯人に告ぐ。無駄な抵抗はやめて、投降するんだ」


 拡声器を使っているのだろう。広がりのある声が店の中に届く。

 ドラマのようなセリフだとしても、店の外の声に安心したのだろう、人質が少し騒ぎ出す。


 だが「うるせぇ、黙れっ!」と黒が一喝し、すぐに静けさを取り戻す。


「田舎のお袋さんが泣いてるぞぉー」


 続けてドラマのようなセリフを言う。撮影か何かではないかと疑ってしまいそうになるが、彼が言っていたのだから間違いないだろう。


「お袋なんてとうの昔に蒸発してるよ」


 紫が寂しそうに呟くと、「俺なんか——」と黄色が身の上話を始めた。意外に効果があるのか?


 「ど、どうすんだよ? 通報されてるじゃねぇかっ!」と緑が慌て出す。

 「そいつじゃねえ」黒は死確者ではなく、別の人間の元へ近づいていった。


 そして、銃口を向けたのは——

「支店長、テメーだろ?」

 髪の寂しい年配のメガネをかけた男性にだった。


 男性は怯えた表情で両手を挙げて、震えだす。


 「なんでそう言い切れる?」黄色が黒に問う。


「思い出してみろ。アラームを押させないために、俺たちは入ってすぐに両手を上げさせた。見逃しがないよう事前に分担したし、それに抜かりはなかったはずだ。で、急いで外に出した。その時以外で通報できるとしたら?」


 「さ、さぁ……」紫が反応する。表情的に緑と黄色も分からない様子。

 黒は舌打ちをして、「相変わらず鈍いな……」と愚痴をこぼした。


「人がこの中に入った時——つまり、貸し金庫を開けさせるために支店長を動かした時だ」


 顔を近づける黒。


「ここに戻ってくる途中、随分と大げさにコケてたけどよぉーあれはわざとだったんだな?」


 支店長は目を泳がせる。

 そうか、あまり辺りをキョロキョロせず少し安心した表情をしたのはそういう意味だったのか。


「図星か」


 黒は「ハァー」と視線を落としながら大きなため息をつく。突然カッと目を見開くと、拳銃のグリップ部分で支店長の頭部を殴打。殴られた方へ「うぅ」と小さな呻き声を上げながら倒れ込む。同時に悲鳴が上がる。今度は先程よりも長く大きい悲鳴。


「おいっ!」


 慌てて止めに入る緑。黒は怒りの表情を浮かべている。

 側頭部から血を流している支店長に、他の行員は「大丈夫ですかっ?」と問いかけている。


 「あぁ心配ない」と損傷した箇所を片手で押さえながら起き上がる。


「俺たちは誰も傷つけず盗み出す——チームの掟を忘れたのか?」


 拳銃を握った右手を掴む緑。


「あー……そういやそんなのがあったっけな。すまんな、ムショ暮らしが長すぎてすっかり忘れてた」


 「お前……」紫は声を震わせる。


 黒は掴まれた腕をバツの悪そうに振り払う。


「言って分からないやつには行動で示さなきゃ、人質の誰も言うこと守らなくなんぞ? 全員、生ぬるいんだよ」


 黒は吐き捨てるようにそう言って半回転し、皆に背中を向けた。


 手元に拳銃を寄せながら、「すべて切っておけと言ったろ?」と誰にも聞こえぬようボソッと呟いている。


「だから、教えていただいた通報アラーム切っておきましたよ」

 答えたのは、天使。さっき倉庫室であった知り合いの天使。


「監視カメラだってケータイだって、使えないようにしましたよ。全て言われた通りね」


 黒は「チッ」と舌打ちをし、「どいつもこいつも……」とボヤきながら、再び半回転し、元の体勢に戻った。


 「ちゃんと見てろよ」黒が他のメンバーに言い放つ。


「どこ行くんだ?」


 紫の問いかけを無視し、黒は店の奥に姿を消した。


「聞こえるように愚痴りやがって……相変わらずヤな奴だな」


 黒が奥に消えていったのを確認してすぐ、緑が端を発した。


 「刑務所入って多少更生すると思ったら、悪化してやがるぜ」紫が追随。

 「知らないのか? あいつ、中でも相当暴れてたらしいぜ?」黄色も加わる。

 黒がいないことをいいことに、言いたい放題のメンバーたち。


 各々こそこそ話しているが、天使の私には無意味。この距離でもちゃんと聞こえる。だがより正確に、そして聞き逃さぬよう、一応3人の元へ。


 「一緒に捕まんなくてよかったよな」緑が片眉を上げる。

 「ホントっ、あいつだけでよかったよ」と黄色が続く。


 ここまでの関係図を振り返ると、黒は赤が嫌いで、緑・紫・黄色は黒が嫌いらしい。

 よくもまあ、こんなギスギス状態で銀行強盗をしようと思ったもんだ。


 「でもよ、なんでリーダーは集めたりしたんだろな?」緑は腕を組む。


 何?——私は耳をより傾ける。


 「確かに。ホント突然だったよな」紫がそれに続く。「メンバーの誰かが捕まったら解散するって掟で決めてて、実際にあいつが捕まったわけじゃんか?」


 「そうだな……」黄色が虚空を見ながら呟く。


 次々と新情報が湧く。私はさらに耳を傾けた。


 紫は黄色を見て、「それにさ、ちゃんと就職も決まって、コツコツ働いてたんだろ?」と確認するように尋ねる。


 「急に金でも必要になった、とか?」緑が眉をひそめる。


「あのリーダーが今までの金全部使ったってことか?」


 訊き返した黄色に、緑は「……ないか」と考えを取り下げた。


 ここでふと視線を感じ、目を向けた。主は死確者だ。死確者が私を見ている。

 体は動かさず、静かだけど強く慌てて目と顔で訴えている。

 何かを私に伝えようとしているのは分かった。


「おい、さっきの奴を出せぇ!」


 突然、黒の怒鳴り声が店中に轟く。

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