第5話

 「どうしたんです?」緑が赤に声をかける。


「いや……ちょっと視線を感じてな」

 緑もこちらを見る。


 私は唾を飲む。喉で音が鳴る。


「気のせいですよ」


 緑はさっさと視線を元に戻した。


 「あぁ、そうだな」赤も同様に。


 見えないはずなのに、見られているという不思議な緊張から解かれ、私の体をようやく自由に動かせるようになった。


 ホッ……


 死に瀕している人や霊的なものに過敏な人などはごく稀に、私たち天使をなんとなく察することもあると聞いたことがある。

 どうやら、赤にはリーダーとして、物を見る素質があるようだ。


 敵情視察はこれくらいにして移動することにした。


 せー……のっ!——私はソソソソとすり足で移動した。


 辿り着くまでに、腰を曲げた状態で約2〜3秒——確率は五分五分と言ったとこか。


 よし、報告しに——ん?

 倉庫室から音が聞こえた。


 振り返り、犯人たちを見る。聞こえてはいないみたいだ。


 他に見つかっていないものがいるのか、それとも……


 とりあえず、中の様子を確認してみることにした。


 私は鉄の扉をくぐり抜ける。


 高い棚に物が無造作に置かれている。


 奥に人が、男性がいる——が、服装が犯人たちとは違った。


 あれはもしかして——




 私はその“男性”に近づき、肩を2回叩く。


 「へ?」彼は振り返り、私の顔を見た途端「——おぉ! 久しぶりぃ!!」と満面の笑みで答えてきた。


「元気にしてたか?」


 まさかここで同業者に会うとは思いもしなかった。しかも、知り合いに。


「あぁ。そっちは?」


「まあなんとかね」


「そういえば聞いたよ。大丈夫だったか?」


 「全っ然問題ない」顔の前で手を振る。


「上にも気にするなって言われたし」


「そうか……なら良かった」


 死神から聞いてはいたから知ってはいたが、本人——本天使の口から直接聞けて、真に安心できた。


「それでだが、どうしてここに? 休暇か?」


「だったらこんなとこにはいないよ」


 つまりは、私の担当以外にも死確者がいるということだ。


 「そっちは?」今度は向こうからの質問。


「同じく」


「じゃあ、こっち以外にも死確者がいるってことだな」


 今さっき私が思ったのと同じことを天使は口にする。

 だが、その発言に私は妙な違和感を抱く。なんだろう……


「お前の担当はあとどれくらいなんだ?」


「俺の担当は……20分だな」


 「短いな」あの人質の中にいるのだ、残りの人生が20分の人物が。


「ま、あと少しで警察がやってくるからな、妥当な時間だろ」


 何?


「本当か?」


「ああ」


 自信満々に話してくることからして、本当に間違いないことなのだろう。

 ということは、相手の死確者は銃撃戦か何かに巻き込まれて死亡してしまうということだろうか。


 そうなると、2つの疑問が出てくる。

 誰が警察に通報したのか、そして何故こんなにも警察の到着が遅いのか——


 何か知っているかもしれない。私は聞こうとした。


「さっさと歩けっ!」


 だが、外から突然の怒鳴り声が聞こえ、入口の方へ振り返る。

 私はこっそりと外を確かめてみる。知り合いの天使も少し背伸びして見る。


 マズい……


 拳銃を背につけられ、両手を後頭部に置いている死確者がトイレから出されている。


 どうやら見つかってしまったようだ。


「そろそろ行くことにする」


 とりあえず、私は死確者の元に向かうことにした。


「俺もだ」


「じゃあ一緒に行こう」


 「フフ」なぜか笑った天使。


「どうした?」


 私は聞いてみる。


「いや……なんか連れションみたいだなーって思ってな」


「……」


「……」


 「……あっ、知らない?」天使から問われ、「ああ」と返答した。


「相変わらず無知だね」


「悪かったな。

 で、どういう意味だ?」


「後で教えるよ。とりあえず今はあっちだ」


「そうだな」


 私は倉庫室から出て、死確者の元へ。


「そもそもなんだが、お前は何であそこに——」

 私は振り返りながら訊ねた。その理由は知ることはできなかった。


 だが、代わりに別のことを知れた。先ほど抱いた妙な違和感の答えだ。


 彼は——知り合いの天使は、黒の後ろに立っていたのだ。


 つまりは——そういうこと。


 新情報を手に入れた私は「リーダーは?」「金庫にいる」という会話をしてる犯人グループを横目に、急いで死確者のそばに行く。


 今人質の前にいるのは、黒と緑、そして先ほどはいなかった紫と黄色の4人。つまり赤のリーダーがいないだけの状態。


 背中側でロープのような透明な拘束用具を手と足にくくりつけられている。他の人質がつけられてるのと同じだ。


「外しますので、動かないでくださいね」


 空中で人差し指で縦にスライドさせる。拘束用具はすぐさま切れる。こんなのは朝飯前だ——私は食事をしないが。


「タイチ君は?」


 顎を引き、視線を少しこちらへ向けてくる。だが、黙ったままだ。

 そうか——状況的に、怪しげな行動をしたらマズい。


「タイチ君はトイレですか?」


 質問形式を変えてみると、死確者はコクっと縦に頷いた。顎の角度をさらに傾け、私の目をはっきりと見てきた。アイコンタクトでなんとなく伝わったので、確認してみる。


「さっきみたいに変身して、タイチ君を安全なところに避難させてくれ——そういうことですか?」


 再び頷く。


「大変言いづらいんですけど、それは無理です。今の私には、姿を変えることはまだできません」


 私の発言に驚いたのか、顔を回しはっきりと私を見てきた。死確者の目は少し丸くなっている。


「1度使うと使用時間に関係なく、1時間は使えないんです」


 歯をくいしばる死確者。声には出ていないが、悔しさが伝わる。


「あと1つ——私はあの頰の黒い男に


 死確者の顔が再び動く。

 おそらく死確者の経歴的観点から述べると、誰にも見えない私を使って何か打開できる策を講じていたのだと思う。


「規則により、私はあの黒い男に影響を与えるようなことをしてはいけないことになっているんです。その理由も同様に、規則でお教えすることができないんです……さっきから何もできず申し訳ありません」


 死確者には、天使が誰についているのか、そもそも天使が他にいることさえも、教えることもできないのだ。


「要するに、あの黒い男に何かをされたとしても私には何も手出しできないということです。もちろん出来る限りの事はしますが——」


「おい、さっきの」


 私と死確者は顔を上げる。


 「トイレに隠れてたオメーだよ」黒の目線と銃口はこちら、正確には死確者に向いていた。


「こっちに来い」

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