第2話

 「クッソ」死確者は耳からケータイを離す。


「なんで繋がんねえんだよ、アンテナ立ってんのに……」 


「電話もダメ、メールもダメとなると、妨害電波かなんかが出てるんですかね?」

 私は以前得た死神からの知識で訊ねてみる。


「さあな……そうだ、アンタの力で通報することはできないのか?」


「私の?」


「こう、超能力的なことでさ」


「残念ながらできません」


「妨害電波を解除するっていうのは?」


「そっちならもしかしたら。試してみます」


「頼む」


 私は両手を扉の方にかざし、目を閉じる。

 少し念を込める。


「……できないみたいです」


 理由は分からないが、できない——というかそもそも妨害電波を発しているような機械自体が見当たらないのだ。

 分厚い扉のせいだとすれば別の場所からだったら可能かもしれないし、こんな状況に巻き込まれたのが未経験であるから気づいていないだけで緊張しているのかもしれない。どちらにせよ、この場所からは無理なようだ。


「それじゃあ、昨日アンタが俺にやったみたいにさ、誰かの脳に語りかけるってのはどうだ? あれなら妨害電波とか関係なく、できるんじゃないのか?」


「脳内に語りかけられるのは目視できる死確者のみなので、適当に誰かというのはちょっと——すいません、何もお役に立てなくて」


 策のなくなった死確者は顔をしかめながら左手を腰に当てる。


「全く……ヤッちゃんと会うために必要な金を下ろそうと銀行に来てよ、ついでにと思って小便してたらこのザマだ」


 ヤッちゃんとは、笑った顔が独特な死確者の親友である。


 互いにゲームが好きだったことで距離が縮まり、しょっちゅうテレビゲームをして遊んでいた結果、“ヤッちゃん”“アキジン”と呼び合うほどの仲までになった。

 死確者曰く、「俺はニックネーム嫌いだから、そう呼んでたのはヤッちゃんだけだった」らしい。

 だが、中学に入る直前に家の都合で転校してから連絡が取れなくなり、それから一度も会えてないらしい——とまあ、聞いてもいないのに色々と喋ってきたのだから、本当に仲が良かったのだろう。


「こりゃ、謝るどうこうの話じゃなくなっちまったな……」


 今回の未練はそのヤッちゃんと再会し、あることを謝罪すること。


「まだ時間はありますから、とりあえず今をどうにかしましょう」


 死者になるまでに一応、まだ3日残されている。

 時間には余裕があるし、今回の未練はそんなに難しいことではないと思っていたのだが……


 こういう状況のことを確か……うん、一応確認しておこう。また間違いがあったら恥ずかしい。


「あの」


「ん?」


「こういう場合って、『ツイてない』って言うんですよね?」


「まあ、そうだけど……それ今聞くか?」


「ちょっと気になってしまったんです」


「……とにかく、自由に動けるのは俺たちだけみたいだし、できることないか考えてみっか」


「そうですね」


「まず、強盗は全部で5人だな?」


「集団で一斉に入ってきたので、裏口とかから入ってきていないのであれば、間違いないです」


「よし、次は——」


「おじさん」


 再び少年が死確者の裾を引っ張り始める。

 目線を合わせ、「どうした?」という。


「ぼく……ママのところにかえりたい」


 外に強盗がいると知った死確者は、さっきまで少年が出ようとするのを止めようと説得していた。

 理由は聞かれたが、何と伝えたらいいか、ましてや幼い子供であるため意味が理解できないのではないかと考えたようで、死確者は適当にはぐらかしていた。

 だが、いくら子供でも長く引き止め続けるのは難しかったようだ。


「えぇっと……ママはね、ちょっと用ができちゃって今はここにいないんだ。でね、おじさんはママから電話で『帰ってくるまで一緒にいてあげてください』って頼まれてる。だから、今は一緒にいてくれるか?」


 死確者の頼みに首を振る少年。だが、縦じゃない。横にだ。


「ママにね、『へんなひとにはついていかないで』っていわれてるの」


 よく教育されている。だが、今回においてそれは余計だ。


「大丈夫、おじさんは変な人じゃないから。それにね、おじさんだってできれば君をお母さんのところに早く返してあげたい。でも今はできないんだ」


「なんで?」


「だから、お母さんから帰ってくるまで——」


「ぼく、ママのところにかえりたい……かえりたいよ」


 少年はひくつき始める。今にも泣き出しそうな気配だ。


 死確者は顔をしかめ頭を掻く。

 今この状況において、騒がれるのもトイレから出すのも危険だ。


 どうすればいい……どうすれば——ふと少年を見て、閃いた。

 そうだ。あの手があるじゃないか。


 正直言うと、あまりやりたくはないが、背に腹は……いや、腹に背だったか?——とにかく、どっちかにどっちかは変えられない。


 私は一旦扉を出る。


 確かこんな感じだったような——これでよしっ、多分……


 で——これでよし。


 すぐさま扉を通り、トイレの中へ。


「やあ」


 少年と死確者がこちらを見てくる。


「うわぁ!」


 少年は泣き目から一転、目を輝かせ始めた。一方で、死確者は目を丸くした。

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