科学世界29 プロジェクトG
少女誘拐に加え、覗き、下着泥棒。一日にして様々な汚名を着せられてしまった俺の立場は、一変していた。
「おはようございます」
「うん。おはよう……」
昨日の好意的な態度が嘘のよう。すれ違ったクラスメイトに挨拶をしてみるも、どこかよそよそしい返事。
無視まではされていないようだが、目を伏せると、俺から逃げるように小走りで離れていった。
首を振り教室の中へ。
最上段の席に座り全体を眺める。ちらちらと、時折感じるいくつかの視線。
気持ちはわかるが、やはり少し居心地は悪い。
――ま、こんなものか。それより。
実は俺自身、この扱いについてはそれほど気にしていない。
前の学園では望んで孤立していたくらいだし、降り掛かった嫌疑は、そもそも全てが濡れ衣だからだ。
放っておけば、そのうち落ち着く。それよりも、気になっているのは姫乃のこと。
――大丈夫そうだな。
俺は今回の件で、姫乃までもが孤立してしまうことを危惧していた。
どんなものかと様子を伺ってみると、先に教室へ行かせた姫乃は何人かのクラスメイトと楽しくお喋り中。
念の為、隣には奈子に座ってもらっているが必要ないくらいだ。
心配のしすぎだったか。と、小さく安堵の息を吐く。
しかし、ほっと一安心したのも束の間。
その集団から目を離そうとした俺の方へ、同時に振り返る姫乃と奈子。
目が合うと、二人は席を立った。
――あ? いいって。おとなしく座っておけ。
目を細め、しっしと手を振るも、構わず二人は近づいてくる。おそらく、皆から離れぽつんと一人座る俺を気遣ったのだろう。
にわかに室内が静かになったような気がして、苦い顔をする。――ああ。見られてる、見られてる。
「皆さんひどいです。ソラさんは絶対、そんなことをする人じゃないのに」
「こいつの場合、絶対とは言い切れないのが怖いのよねぇ」
「姫乃さんは、もっとソラさんを信用してあげるべきです」
「う~ん……だいたい、疑い出すと同じ人間なのかどうかも――」
全幅の信頼を寄せる奈子に、若干失礼な姫乃。二人は会話をしつつも、机に自分の荷物を置きだした。
そして、予想に反し二人が座ったのは、近くの席どころか俺の両隣。
主人である姫乃はともかく、目立つお嬢様がもう一人。それほど当たりの強くなかった男子生徒までもが、別の理由で敵に回った瞬間だ。
気持ちはありがたいが、これではまるで――
「なんだソラお前、監視でもされてんのか?」
俺の言おうとしていたことを言いつつ、笑みを浮かべながら現れる速水。
「そりゃあそうだよ、俊輔。彼はとんでもない凶悪犯なんだ。近くで見ていないと、今度は何をやらかすか」
傍で見ている分には、それも面白いけどね。と、速水に続く三日月。
奈子や姫乃と違い、こいつらは信用しているというよりも、気にしていないと言った方が正しいだろう。
おはようと言ったあとは、当たり前のように前の席を陣取り、俺に話しかけ始めた。
「なあ、グランド王子。結局、昨日のバカ騒ぎは何だったんだ?」
「こら俊輔。王子に対してなんて口の利き方をするんだ。失礼だよ」
「おっと、そうだな。昨日のお戯れは何だったのですか? 王子」
「お前らな……」
何度も言ったはずだが、俺はグランド王子でもないし、昨日の騒動を起こした犯人とも違う。
しかし、こんな悪ふざけを繰り返されていたら、本当に俺がやったと周囲には認識されてしまいそうだ。
お節介な奴ら。苦笑交じりの溜め息を一つする。
一人でなんとかしようと思っていたがもういい。知りたいというのであれば、教えてやろう。
お前らも、巻き込んでやる。
「まずな、グランド王子は実在する。そして俺は、その王子とすでに顔を合わせ、極秘の任務を承っている。その名も、プロジェクトG」
「俊輔。今日の天気予報は晴れだっけ、雨だっけ」
「雨だな。多分」
「聞いたからには手伝えよ、お前ら」
面倒な話だと勘付いたのだろう。
俺が極秘の任務と言い出したあたりから、顔を反らし、天気の話を始めた薄情な二人。
だが、もう遅い。
「期待してるからな」
「土砂降りだ」
……。
話は、昨日の昼休憩へと戻る。
謎の金髪ちびっこから逃げていた俺は、背後にいたそいつが転んだような音を聞き、振り返った。
「いたた……」
その音の通り、豪快に転んでいたちびっこ。
普通なら、逃げるのをやめて駆け寄ってもおかしくない場面。
優しい男である俺も、例に漏れず――
「全く、しゃあねえな」
助けなかった。助けようと行動したのは口だけだ。
数名の学生が倒れているちびっこに駆け寄るのを見て、これ幸いにと、足を止めることなく俺は去った。
多少の後ろめたさは感じたが、訳の分からん少女は心優しき学生たちによって保護。一件落着だ! と。
「よしよし、これで……うお!」
「うわ!」
前を見て走っていなかった俺は、男とぶつかった。
それは、転んだ少女を助けなかった罰なのか、ただの偶然だったのか。
偶然で済ませてしまうには、もどかしい。ぶつかった相手は、色とりどりな布を握りしめたグランド王子だった。
「前を見てなかった。すまん。大丈夫か」
「大丈夫。でも、これからは気をつけてくれよ」
「そうする。俺はもう、過去を振り返らない。前だけを見て生きていく」
「そういう、気持ちの問題じゃなくてね。ん? 君は」
ばらばらと、地面に散らばった彩りにあふれた布。
女性物の下着を拾って集めていたグランドは、俺の顔を見て固まった。
「今朝、君をテレビで見た。僕は君を、探していたんだ」
新手のナンパか何かだろうか。こいつが男でなければ、そう思っていたところだ。
「それはお前、俺に罪をなすりつけるためか?」
胸に抱えた下着を見つつ俺は言う。
やめろよお前。俺と似たような顔で、犯罪行為に走るのは……待てよ。似たような顔?
「これは、ただの偶然さ。君を探していたら、いつの間にかね」
偶然でそうはならないだろう。
もしもそうなるのだとしたら……なんて素敵な学園だ。
「何をして、お前がそれを持っているかは聞かない。でも頼むから、ちゃんと謝って返しておけよ。それより――」
「心配ない。僕には愛する人がいる。うん?」
だったらなぜ。いや、いい。そのことについて聞くのは、よそう。
「お前が、グランド王子?」
「……そうだよ。そうだけど、君がその名を知っているってことは」
「金髪のちびっこが探していたぞ」
「やはりか。彼女が、今まさに僕の言っていた人なんだけど。困ったな」
彼女と君が出会う前に、君を見つけておきたかったのだけど、とグランドは続けた。
俺が訝しげな視線を送る中、しばらく頭を悩ませていたグランドは、一つ頷くと口を開いた。
「こうなっては仕方ない。君には一週間の間、僕の代わりにグランド王子として過ごしてもらいたい!」
「は?」
こいつは、何を言っているのだろうか。分からない。
今更だが、身長はやや俺の方が高いし、一見すると似ている顔もよく見ると細部が違う。
それらを指摘してみると。
「彼女とはもう、数年会っていない。一週間程度なら、きっと大丈夫さ」
それは、確かに。すでに一度、間違えられてはいるしな……って、違う違う。
こいつの代わりを務める理由も、そうすることで俺達にどんな利益不利益があるのかも、何もかも不明のままだ。――こうなっては仕方ない、じゃねえよ。
「絶対に嫌だけど?」
断った俺。
差し出される、たくさんの下着。
グランドはニコリと笑った。
「いやいや、いらねえよ。なんだその苛つく笑顔」
「いるかなって思ってさ」
「俺を共犯者にしようとするな」
「ん~。僕だってあの娘のにしか興味はないし、これはいらないのだけど」
だったらなぜ。いや、そのことについて聞くのは、やはりよそう。
こんな訳も分からない変態に無駄な時間をとられてしまった。食堂へ戻ろう。いや? こいつに罪を償わせるのが先か?
そう考えていた俺に、グランドは言った。
「心苦しいのだけど、彼女が君に出会ってしまった今、君はもう巻き込まれてしまったのだよ」
「あん?」
「君みたいな顔の奴が現れたせいで計画が崩れた。本来であれば、僕は死んだことになっている」
「お前も似たような顔だろ」
グランドと、どこぞの国の姫である金髪ちびっこは、将来を誓いあった仲らしい。
基本的には祝福され、将来は結ばれるであろうと思われていた二人だが、その二人が一緒になることを良しと思わない者達がいた。
「それで、殺されそうになったと」
「つい三日前の話さ。事故に見せかけて、ね」
「ということは、あのちびっこも危ねえんじゃねえの?」
「それがね……」
聞けば、グランドの母だか祖母は、日本の生まれだということ。俺達の容姿が似ていたのはそのためだ。
そして、親交の深いこの国に仕事で訪れたグランドと、グランドがよく訪れるという国に興味のあった金髪ちびっこ。
「彼女が同じタイミングでこの国に来たのは偶然。僕も後で知ったことだ。それでね、本国にいた時は分からなかったのだけど、ようやく尻尾を捕まえることができた」
「ああ、なんとなく分かってきたかも」
金髪ちびっこが突然決めたことでもないのであれば、それだって偶然だと言えないのかもしれない。
だが、現時点で判別つかないことは置いておくとしても、確実だと言えることはあった。
加えて、俺がすでに巻き込まれているという話。
「お前ら二人の邪魔をしようとしている奴は、ちびっこ側の人間。もしくは、その近くにいるんだな?」
「話が早くて助かる。そうだ。三日前の襲撃時にも見知った顔がいた。あいつは確か、あの娘の護衛の誰かだったはずだ」
殺したと思わせたことで、相手が油断していたと言ったグランド。
その場を見ていない俺には想像しかできないが、確信を持って言っているところを見るに、そうなのだろう。
しかし――
「俺とお前が並んで話しているところでも見せれば、俺は狙われなくなるんじゃないか?」
お前の都合で、勝手に人を巻き込むな。言外に、そう圧力をかける。
こいつがどこのお偉いさんで、どんな危機敵状況に追い込まれているかは知らないが、俺が狙われるということは、その周囲にだって害が及ぶかもしれないのだ。
俺にとっての第一優先は姫乃、そして奈子。そこは譲れない。
「もう、巻き込まれてしまったと言っただろう。あの娘が君をグランドと認識した時点で、君はすでに危険なのさ」
あの娘が間違うほど、僕たちは似ている。間違いで、襲われることだってあるかもしれない。グランドはそう言った。
狙われているのか、いないのか。そんなあやふやな状態で毎日を過ごしていくよりも、ここできっちりと解決しておかないか、とも。
言われてみればそんな気もしてくる。だが、どうなのだろう。
俺は、考えをまとめきれずにいた。
「一週間とお前は言ったが、どうするつもりだ?」
やるとはまだ言っていないけど、と保険はかけておく。
「あの娘は、この学園に一週間の体験入学をする予定なんだよ」
「えぇ……」
だから、制服も着ずにあんなところにいたのか。
「聞いてないのか。じゃあ一週間後に彼女の誕生日があって、その日にダンスパーティが行われるのも?」
「余計知らねえよ」
体験入学のことも知らないのに、なんでそっちは知っていると思うんだよ。
事前に決まっていたことだとするなら、長期休暇の間に通知でもあったのかもしれないが、あいにく俺は転入生。
しかし、ダンスパーティか……。
自由参加だよな? 踊らなくていいよな? と、グランドと間違えて襲われることよりも、ダンスのことが気になる俺だった。
「彼女の誕生日。それが何を意味するか分かるか?」
「おめでとう」
「僕の国では、女性が婚約を認められる年齢なのだ」
見た目からは、いくつも年下に見える金髪ちびっこ。実年齢は分からないが、こいつはあの娘を……。
二十を過ぎたくらいからは、年の差はあまり気にならないもの。だが、俺達は一年の差を大きく感じる学園生。
ここはあえてこう言わせてもらおう。
「おい、ロリコン王子」
「ふん。君にはまだ、あの娘の素晴らしさが理解できていないようだね」
ふっと笑い、その素晴らしさについて語りだすグランド。
犯罪の匂いがしたので、途中から聞き流しておいた。
「小さいのが良いのだよ。あの咲きかけの蕾のような――」
「止まれ、ロリコン王子」
こいつに似た顔で生まれたことを後悔しつつ、俺は話を戻した。
結局、お前は何をするつもりなのだと問うと。
「一週間後。僕はその大舞台で、彼女に結婚を申し込む!」
二人のグランドが力を合わせ、一週間を生き抜く。プロジェクトグランドの始動だ!
俺によく似た変質者は、楽しそうな表情でそう言っていた。
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