科学世界27 王子

 ついに始まった学園生活。挨拶を終えたあと、休憩時間になる度に俺と姫乃は質問攻めにあっていた。

 俺への質問のほとんどは、ご主人様大好きな偽ソラ君について。

 この年頃の男女の話題といえば、やはりといったところ。他人の噂や恋話が好きな女生徒に囲まれ、これはこれで悪くないスタートだなと鼻の下を伸ばす。


 そして姫乃の方だが、話しかけられているというよりは挨拶と言った方が正しい。

 名前を言った後に簡単な世間話。内容は政治と経済についてがほとんど。最後にぺこりとお辞儀。

 クラスメイト相手に何をしているのか、と思ってしまう庶民の俺だが、金持ちの世界というのは、ああいうものなのかもしれない。

 時折、助けを求めるような視線を姫乃から感じはしたが、きっかけは何でもいい。無視をされるよりはと、そのまま見守ることにした。


 友達作りまで面倒を見てやる気はないし、あいつの性格であれば、そのうち自然にできるであろうとも思う。

 何より俺は、自分を取り囲む生徒達、主に麗しきご令嬢達を相手にしなければいけないのだ。


「夢見くんって、テレビに出てたよね? 強盗をやっつけたとか何とか」

「いやぁ。あれは僕によく似ていますが、別人だと――」

「隠さなくていいって。凄いことじゃない。やっぱ、格闘技とかやってるの?」

「多少、かじる程度に――」

「すごぉい! ねえねえ、夢見君の任期っていつまで? これからもずっと富豪さんのボディガードなの?」

「いえ。とりあえずは、卒業するまでの二年ということで――」

「そうなんだ!」

「なんでそんなこと。あなた、まさか」

「……きゃ」


 確信する。

 この国では名高い富豪家のボディガードであること、加えてテレビに映ったことでの影響もあるのだろうが……俺は今、モテている!

 これまでの人生にはなかった初めての経験に内心でにんまりと笑っていると、視界の端でこちらの様子を伺っている姫乃に気付く。

 俺が視線を向けると、姫乃はぷいっと顔を逸らした。



 ……。



 いくつかの授業と休憩を挟み、昼休憩。

 学園内に数種類ある食堂のうちの一つ、小洒落たオープンカフェ風の食堂に来た俺は、すでに席についていた。

 目の前に座っているのは速水。

 小休憩は他のクラスメイトに遠慮してくれたようだが、昼休憩になった途端、席に近づいてくるのが分かり腹を括った。

 不本意ながらも同じクラス。そろそろ、腰を据えて話しておくべきだろうと。

 人違いで逃げ続けるわけにもいかない。


「いや、誰だよあれ」


 呆れた口調で第一声。聞きたいのは、朝に行った自己紹介の件だろう。

 おぼんを持った三日月が、速水の隣に座るのを目で追いつつ俺は答える。


「昨日の今日で、もう忘れてしまったのですか? 僕ですよ、僕。新入りの夢見ですぅ」

「気持ちわる……」

「気持ち悪いとはなんですか。速水君がまだ、本来の僕を知らないだけですよ」

「気持ちわる……」

「あは。私は、結構好きだよ。そっちのソラも」


 速水が否定し、三日月が肯定する。

 ここ数年は日常的に使っていた口調なので、俺自身にそれほど違和感はないのだが。


「やはり、おかしいでしょうか?」

「おかしいな」


 速水の即答。そして、分析癖のある三日月が自身の見解を言う。


「意識してるのが伝わってきちゃう感じだね。でもまあ、初めて会った時からそれなら、私達も変に思わなかったのかもしれない」

「なるほど。そんなものですか」

「……く、ふふ。続けられると駄目だね。あまり笑わせないでくれ」

「笑わそうとなんてしてねえよ」


 学園ではこの口調で通そうと思っていた俺だが、初日にしてすでに嫌気が差してくる。

 奈子にも不気味だとか言われたこともあるし、もう辞めちまおうかな……しかし。


「個人的には、結構気に入ってるんだがな」


 くすくすと笑う三日月を睨んでいると、見知った顔が見え、俺は眉を潜める。


「何であいつらが」

「この学園はエスカレータ方式だからね。彼らは同じ敷地内にある附属に通っている。昼食はいつも一緒なんだ」

「ああ、そう……」


 簡潔なご説明どうもありがとう。

 歩いてくるのは、俺達とは少し異なる制服を着た雷斗と風香だった。

 眠そうな目を擦りつつマイペースに歩く雷斗と、その少し後方で一人の男子生徒と何かを言い合っている様子の風香。

 あの男子生徒は誰だ? と、三日月に再度説明を求める。


「風香はね、あれで結構人気があるのさ」

「嘘だろ? 人の尻をサンドバッグのように扱うあいつがか?」

「私の知る限り、そんな風に扱われたのは君くらいだね。……しかし、また彼か。俊輔頼む」


 昼食に誘う男を風香が断っている図のようだが、三日月がまたと言ったように、風香はあの男子学生にしつこく付き纏われているらしい。

 先輩である速水が姿を見せれば、渋々引き下がるという話だが――


「よっし。その役目、俺に任せてくれ」


 立ち上がろうとした速水を手で制し、俺は優しい笑顔を見せる。


「いいけど、突然どうした?」

「こんな面白そ……じゃなかった。学園では先輩だが、組織上は俺が後輩。後輩たるもの、困っている先輩を助けるのは当然だろ」


 そう言って、俺は飛び出した。


「ねえねえ、風香ちゃん。今日は僕とさ」

「しつっこいわねぇ。私は先輩たちとご飯食べるからって、いつも言ってるでしょう? 大体、そうじゃなくてもあんたみたいな――」

「お~い、風香。こっちだこっち~」

「あ。せんぱ~い! いつもすみませ……え?」


 言葉に詰まった風香に、にやりと笑いかける。

 俺の目的はただ一つ。それは、風香を助けることではない。

 この面白そうな場を利用して、風香に尻を蹴られた仕返しをしてやるつもりなのだ。

 話を合わせろ、俺に任せておけ、と視線で合図を送ると、悩んだ風香は背後にいる男を一度見た後、意を決したように口を開く。


「お、お待たせしちゃいました~」

「待ってない、待ってない。それより、今日も可愛いなぁ風香たんは。風香たん、ちゅっちゅ~!」

「うぇ!?」


 露骨に嫌そうな表情をし、カエルが潰れたような声を出す風香。

 後ろの男が怪訝な表情をしているが、まだだ。

 まだ、こんなものでは終わらせない。


「アハハ。それでは、行きましょうか……」

「風香たん、今日は何食べる?」

「定食の気分かな~」

「お! 気が合うでござるな! 拙者も、そんな気分だったで候!」

「え? あ、うん。そうでしたか。それは、それは」

「風香ちゃん、その人は……というか、風香ちゃんの趣味って」


 隣に並んだ風香が、満面の笑みで思い切り腕をつねってくる。が、その程度では俺に痛みを与えることはできない。

 ニコニコと笑い返しつつ、最後に一言。


「ま、俺が一番食べたいのは、風香たんだけどね」

「アハハ~。きも~い」

「ワロタ」


 統一性のない人格。

 あまりにも気持ちの悪い先輩を演じた俺は、風香の肩に手を回すと、男子生徒を一瞥しその場を去った。


「――うまくいったな。これであいつも、お前のことは諦めてくれるかもしれん」

「ばか! ばかばかばかばか!」


 風香への意趣返しと、しつこい男子生徒への牽制。

 その両方をうまくこなし満足していた俺は、風香にぽかぽかと殴られていた。


「おい、なぜ殴る? 至らないところがあったのなら教えてくれ」

「全部よ、全部! ああもう~。変な噂ばらまかれたらどうするのよ!」


 そもそも何でこいつがここに、と憤る風香に三日月が説明をする。


「彼、今日からこの学園の生徒になったんだよ。しかも私達と同じクラス」

「はあ? こんなやつが?」

「夢見先輩だぞ。よろしく!」

「あー! ただの挨拶なのに、こいつが言うとなぜか苛々するぅ!」


 公衆の面前であることを考慮し、加減はしているようだが、それでも荒れた様子の風香に通りがかった生徒たちが横目に見ていく。


「実は俺、とある国の王子なんだよね」

「嘘をつくな! こんな品のない王子がいるか! 大体、昨日ボディガードだって自分で言ってたじゃない」


 なんだ、覚えてたのか。


「ボディガード兼王子だ」

「その二つは交わらないってば!」


 ああ言えばこう言う。

 こいつ、普段はお淑やかだって自分で言ってなかった? 速水にそう尋ねると。


「う~ん。学園では、いつもこんなんじゃ……なあ? 夜」

「はは。まあ、賑やかになっていいじゃない。風香はソラのことを気に入ったんだよね」

「よくない! 気に入ってない!」

「なんだお前、もしかして俺のことが好き――」


 カツンという音。

 テーブルにのせていた俺の手、その指と指の間にフォークが突き刺さっていた。



 ……。



 テーブルに刺さったフォークを眺めつつ、淑やかな女性とは何なのだろうと考えていたところで、昼食を共にする予定だった最後の二人が、おぼんを持って立っているのに気付く。

 きょろきょろと辺りを見渡す姫乃と奈子に向かって、俺は手を上げる。


「おい風香。本物の淑やかな女性とはどういうものか、お前に見せてやる。まあ、一人は猫をかぶっているだけだがな」

「え、嘘。あの二人と知り合いなの? 全然釣り合ってない!」


 うるせえ。そんなこと、俺だって分かっている。

 姫乃は置いておくとして、周りと比べて奈子は、一段階上の雰囲気を持ったお嬢様だ。

 偶然同じクラスになったとはいえ、あの一件がなければ、奈子とは関わり合いになることはなかったかもしれない。


「そういやお前、大和さんと知り合いだったんだな」

「ま、色々あってな」


 お待たせしましたと一言言い、姫乃と奈子が空いている席に座る。

 簡単に自己紹介だけを済ませると、皆が皆食事に手を付け始めた。

 多少警戒している様子の姫乃に、微笑を携えた奈子と三日月。雷斗は無表情でパンを齧り、風香は借りてきた猫のように縮こまっている。


 全員と接点があるお前が話を振れよ、と速水が視線を送ってくるが、何かを話せと言われれば、何も思い付かないもの。

 しかし、この空気では飯がまずい。待たされている間に冷めて固くなってしまったパスタの上辺をほぐしつつ、何でもいいかと口を開いてみる。


「パスタのさ……」


 言った途端、一斉に注目されてしまう俺。

 何のソースが好きかなんていう質問は、次元の果てに放り投げた。


「いや、なんでもない」


 そもそも、三日月達と俺の接点はエクスイコールとかいう怪しい組織。

 事情を知らない姫乃と奈子の心中は、何でこの人達と一緒にご飯を食べているのだろうという疑問で、渦巻いているに違いない。

 言わないのかよ! と、上半身を少し滑らせた速水と風香に、だったらお前らも口に出してツッコめと睨み返す。


 先程まであれほど賑やかだったというのに、なぜなのか。

 仕方ない。まずは一口食べてから、これからの学園生活についてでも聞こうと、麺をフォークに巻きつける。

 誰かの声が聞こえてきたのは、そんなときだった。


「王子……」


 この席の連中ではない。声がしたのは背中から。

 巻きつけた麺を口に運ぼうとする俺の腕が、勢い良く掴まれる。


「王子! 王子だ! 私だよ。覚えてる!?」


 振り向いた先にいたのは、金髪の女。――あん? 誰これ、なにこれ。


「いや、知らんけど。王子でもねえけど」

「でもさっき王子だって……それにその顔」


 風香には先程ああ言ったが、あれはただの冗談だ。

 そしてこれは何の冗談かと、口を半開きにしたままその女を見つめる。

 まじまじと俺の顔を眺めていた女は、ぱあっと嬉しそうな顔をした。


「やっぱり王子だ。グランド王子! 会いたかったよぅ!」

「やっぱりって何? グランド王子じゃねえけど。俺は別に会いたくなかったけど」


 フォークを口に運ぼうとする俺と、腕を掴んで引き寄せようとする女。

 ぷるぷると震える腕が宙をさまよっていると、自分であ~んと言いつつ、女はフォークにかぶりつく。


「あ、おいしいね。これ!」

「何してんのお前。それ俺のパスタ。おいしいねっていうか、俺まだ一口も食べてないから」


 ニコッと笑った頭のおかしい女。

 俺が皆の方へ振り返ると、全員が口を開けたまま固まっていた。


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