科学世界24 非科学的な世界

 未知の力エクス。俺が魔力と言ったそれを、三日月達はそう呼んでいる。

 語源は、数学等でよく扱われる変数、未知数を表す文字記号エックスから。非科学的な存在であるエクスを現実的、かつ現代的に定義しておきたかったと、三日月は言った。


「私達の求めるエクスに、解があれば良いのだけれど」

「さしずめ、お前たちは計算途中の方程式か……」


 話に合わせ、それらしいことを言った俺の言葉は無視される。これは、余談だ。

 未知を追う者、解き明かす者という意味から、組織名がエクスイコール。そのままだな、という感想はあったものの、言うと睨まれそうなのでやめておいた。

 そして、そのエクスイコールの第一目的が、言わずもがなエクスという力の解明。次に、監視と保護。


「それじゃあ、孤児院の件は」

「そうだね。私達の調べでは、彼らはすでに取り返しのつかないところにまで手を出していた」


 理由は不明だが、数年前あたりから稀にエクスに目覚める者が出始めたという。エクスを扱う者を、覚醒者もしくはエクサーと三日月達は呼んでいる。

 目覚めるだけであれば構わないし、そいつら全てを相手にするのは到底不可能。だが、ある日突然人外の力を手に入れた者の多くは、犯罪に手を染めてしまうことがままあるのだという。

 その中でも悪質な事件を引き起こす者。引き起こしそうな者を監視し、時に対処しているのが、三日月達エクスイコールだ。


「様々な可能性が考えられるけど、仮に私達が進化した人類だったとする。数も少なく、社会的な認知もされていない現在の状況で、それが明るみに出ればどうなると思う」


 手厚い保護の元、前向きな研究が進められる。エクスイコールにとっての最終目標は、そんなところだろう。

 しかし、そう簡単にいくわけがない。考えられるのは、悪用もしくは排除。

 自分たちと何も変わらない姿で、明確に一段階上の強力な力を持つ者達。嫉妬や不満、嫌悪感に劣等感。その他鬱々とした悪感情の対象になることは間違いない。

 犯罪に手を染めやすいなんていう情報はもっての外、認められるには、金や時間。そして、それなりのきっかけと運が必要なのではないだろうか。


「お前たちのことは、ある程度分かった。だったら、なぜ俺を誘った?」


 俺は、エクスなんてものは使えない。魔力という単語を口走ったのも、ただ魔法世界にある、あれに似ていたからという理由だけ。

 後に分かったことだが、風香と雷斗が俺との戦闘中に動きを一瞬止めたのは、エクスって漫画に出てくるような魔法に似ているよね、と前日に雑談していただけの話らしい。


「まず一つ。君はエクスを使えないのに、なぜかエクスが見えているということ」


 俺が見た体を覆うような青白い光は、エクスに目覚めた者にしか見えないようだ。更に言うと、エクスを使用していないときは、エクサー同士ですら視認することができない。

 だとしたら、なぜ三日月は俺がエクスを使えないことが分かったのか。

 答えは簡単。それが、三日月のエクス固有の能力だからだ。一人で一つの、変えられない能力。


「過去の経験から考えるに、その人物が持つ欲求が反映されるみたいだね。私の場合は、知りたいという欲求。他にも例えば、そこにいる雷斗ならもっと早く走りたいという欲求」


 雷斗の能力が何となくでも分かってしまう。勝手にばらされているがいいのか? と雷斗を見るも、本人は気にもせずジュースを飲んでいた。


「なら、風香はあれだよな。もっとお淑やかな女性になりたい……」

「違うから!」


 反応し、さっと顔を逸らすと空のコップが頬を掠める。

 素早く回り込んだ店員の女が、飛んでいったコップを背後でキャッチしていた。――危ねえな、こいつ。


「おい! 早くエクスとやらを使え!」

「だから違うって言ってるでしょ! それに私は、普段からお淑やかだから!」


 俺の言った冗談に、風香がさらに冗談で返してくる。お淑やかな女性は、コップを人に投げたりはしない。

 反応の面白くない雷斗の代わりに風香で遊んだところで、俺はまた三日月の方を向く。


「そのうち、君も使えるようになるのかもね。エクスについては、まだまだ分からないことが多い」

「そうなのか」


 俺がエクスを視認できる。もしかしたらそれは、目覚めたか、目覚めていないかではないのかもしれない。と、三日月は推測を言う。

 その存在を知っているか、いないか。人の脳だって分かっていないことが多い。理解できないことは、理解しないのかもしれない。そう、続けた。


「私としては、そのままの君でいてほしいものだが」

「突然なんだよ。照れるぜ」

「違う。それが二つ目。これが何より、君を求めた理由だ。エクスを使う者を止められるのは、エクスを使う者だけ。私達は、その理念の元に行動している。でもね、それだって傲慢な考えだとは思わないか?」

「……なるほど」


 度を超えた者だけを処理していると、三日月は言った。出来ないとも。

 理由は二つ。一つは、単純に人数不足。ここにいる者達が全員ではないらしいが、それでも、少し増えたところで状況に差異はない。

 もう一つは、ある一定の境界を作っておかなければ、自分たちもその対象となるから。どんな世界に生きようが同じ、人が人を裁くにはルールが必要なのだ。


「エクサーではないが、エクサーと渡り合う。君のような男がいることでやっと、正当性や説得力が出てくるのだよ」

「でも、俺も使ってみてえなあ。エクス」


 三日月の言い分は分かった。筋も通っているような気がする。

 しかし、その力があれば俺はもっと……。


「教えてあげてもいいよ」


 俺の呟きに、三日月はそう言った。


「本当か?」


 顔を上げ、つい聞き返してしまう。

 人より優れた身体能力。そこそこの自信が、あるにはある。だが、不安だった。いつかどこかで大きな失敗をしてしまうのではないかと。

 そしてその不安は、エクスイコールと関わることでさらに積もった。

 想像よりも多くの敵があいつを狙う。想像の斜め上をいく者達が、世界には存在する。俺は、果たして守りきれるのだろうかと。


「まだ作って間もないこの組織。エクスを使えない君が、活動していたという結果がほしいだけだ。あとでエクスを使えるようになったとしても、そんなのは仕方ないだろうってね」


 君がエクスイコールにいなかったとしても、私達に辞める気はないからね。三日月は、小さく笑いつつ言う。


「どうすれば、目覚めるんだ?」

「その前に、もう一度聞いておきたい。ソラは、私達の仲間になってくれるのだよね?」


 今更だが、俺は先程こいつらの仲間になってもいいと伝え、互いに情報交換をしている。

 三日月がエクスについての詳細を語ってくれたのも、俺の妄想だと思われるような夢の話を聞き、脳が理解していないだとかの推測を語ってくれたのも、そのためだ。


 ボディガードの仕事を優先。仮にでも仲間になっておけば、こいつらから狙われることはない。最低でも、事前に怪しい動きを察知することができる。

 初めての夢の理解者が、まさかこんな奴らになることは想像もしていなかったが、それなりに価値があると判断して、俺は仲間になると伝えていた。

 この話を聞くまでは、仲間に加わったあと、それほど関わらないつもりでいたのだが……。


「ああ。さっき言った条件を、変えることはできないが」

「いいよ」


 俺は、しっかりと首を縦に振り、仲間になることを了承した。――この先のことは分からない。でも、今は。


「これだって、明確に分かったわけじゃないけどね」


 三日月が前置きを挟むと、俺は少し体を前に乗り出す。


「ここにいる私たちは皆、大きな怪我や病気のあと、エクスを使えるようになっていた。ソラは、何かそういった経験ある?」


 期待感に満ちていた俺の心は沈む。それは、本当にただ偶然で起きたこと。かと言って、絶対に発現するわけでもないあやふやなもののために、怪我や病気を自分で引き起こしたいとは思わない。

 加えて言うと、俺は――


「病気は特に。でも、拳銃で撃たれたことならある」

「ほう。それはまた、もの凄い経験だね……ならばそれが」

「いや、かすり傷で済んでしまったんだ」


 三日月が眉を潜め、他の者達も黙り込む。


「あは、あはは! やっぱりおかしいと思ったんだ! お兄さんのお尻を蹴った時ね、中になにか入れてるかと思ったもん」


 しばらくの静寂のあと、風香だけが大笑いしていた。今のは確かに、笑ってほしくて言ったところだが、完全に自供した犯人の方へ俺は渋い顔を向ける。


「い、いひゃ。いひゃい、いひゃい。痛いってば!」


 風香の頬を引っ張り、伸ばす。俺の尻とは違って、ぷにぷにと気持ちの良い肌触りだった。


「一つ、勘違いがあるといけないので言っておきたいが、力を入れていなければ俺の体だってそれなりに柔らかい」


 誰に、何に対して取り繕ったのか。しかし、事実ではある。


「もう一つね、エクスを得る際に変わった例があったのだけど」


 三日月がぼそっと言ったのを聞き逃さず、くるりと顔を向ける。――それだよ。そんな言葉を俺は待っていた。


「それはまだ、秘密ってことで」


 え、なんで? 目を見開いていた俺は、そのまま目で訴えかける。


「だって、その、恥ずかしいじゃないか」


 知的で、かつ涼しい表情しか見せなかった三日月が、ここにきて初めて頬を染める。


「なにがだぁ!?」

「いひゃ、いひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 無意識に、風香の頬をさらに引っ張っていた。



 ……。



 情報を盗み出し、あわよくば壊滅させる。意気揚々と屋敷を出た俺に待っていたのは、怪しげな組織の仲間入りをしてしまうという、予想外だった着地点。

 それでも、やっと長い一日が終わる。そう思っていた俺だが、話はそれほど甘くなかった。


「手を上げろ! お前らも、動くんじゃねえぞ!」


 鬼気迫る声で脅され、俺も他の客に合わせ手を上げる。

 とある高級な料理店に、覆面の男が二人。一人は店の責任者らしき男に銃を突きつけ、もう一人は店内にいる客を見張る。

 この状況は、まさに――


「強盗事件、発生だねぇ」

「呑気か」


 隅の方で、こそこそと話す俺達。楽しそうな様子で俺に話しかけてきたのは、エクスイコールのメンバーでユークリッドの店主でもある、ほんわかお姉さん。

 名前は、桜坂優子さくらざか ゆうこ

 おしゃれな店構え。男一人で行くのは変だということで選ばれた、今夜限りのデート相手だ。


「やだやだ、こわ~い。ソラちゃん、しっかり守ってよね」

「何しにきたの? お前」

「そこ、うるせえぞ!」

「すんまっせん!」


 晴れてエクスイコールの一員となり、話も一区切りついた。ではなぜ、屋敷へと帰ることもなく、俺はこんなところで凶悪な事件に巻き込まれているのか。

 きっかけは、なぜか全幅の信頼をメンバーから集める霊感女、霧さんの一言だった。


「あ、見えた……」


 風香に尻を蹴られつつも、帰り支度を始めていたところだった。

 霧さんの一言に注目し、静かになるエクスイコールの面々。俺がその不可思議な様子に、きょろきょろと各員を見回していると、三日月が口を開く。


「この、タイミングでか。場所は?」

「西。多分、料理店。あのほら、高級そうなフランス料理の。見えたのは二人。拳銃所持」


 霧さんの途切れ途切れの言葉を聞き、全員が黙り込む。

 そして、良いことを思いついた、といった表情をした三日月が俺を見る。


「ちょうどいいね」

「よくないと思う」


 悪い予感しかしなかった俺は、話も聞かず否定しておく。


「霧さんはね、近くで起こるエクス関連の出来事を――」

「聞いてない。あと、俺だけに話しかけるのやめてくれない?」


 三日月達は、俺の必死な抵抗にも聞く耳を持たず、作戦を立て始める。


「それならぁ、今回は私がソラちゃんの相手になってあげる。エスコート、よろしくね」

「なあ、お前ら聞こえてるか? 俺、明日から学園始まるんだけど? お~い、もしもし?」

「エクスとは何か、私達の仕事がどんなものか、新入りであるソラに体験してもらおう」


 駄目だこいつら。

 ボディガードでも新入り、怪しげな組織においても新入り。どんな業界であろうと、新入りには辛い現実が待っているのだ。


「ほら、お兄さん! 頑張りなさいよね!」


 風香先輩が、尻を蹴りつつ激励を飛ばしていた。


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