科学世界22 新たな出会い

 ごとり――

 俺たちの声に気づいたのか、建物の中から物音がした。

 直後、中にいた何者かが走るような足音。鐘から目を逸らさず、固まったままのミーコを抱きかかえると、俺は扉から距離を取る。


 勢い良く開け放たれる扉。中から姿を現したのは、髪を茶に染めた若い男。

 男は、少し離れた所にいる俺達を見た後、顔を歪める。


「一般人、だよな? やっべ……。雷斗らいと! 風香ふうか!」


 男は頭を掻いたあと、大声で叫ぶ。


「ふあぁ。もう、終わったの?」

「今行く~。って、雷斗! 早く、早く! 知らないお兄さんがいるよ」


 俺達からは死角になっていた屋根の上。二つの頭がひょっこりと生えてきたかと思うと、男の声に反応する。

 高い屋根の上から、そのままぴょんと飛び降りた身軽な二人は、近寄ってくるなり茶髪の男に叱られていた。


「ちゃんと見張っとけって言っただろうが!」

「ああ。これは……謝罪案件だね」

「何、他人事みたいに言ってるの? ごめんね、しゅん


 こいつら、何者だ? こいつらが、これをやったのか? 何もはっきりとはしないが、あまり良いとはいえない状況であることは確か。

 三人が反省会を開いている中、俺は一歩二歩と後退を始める。


「ちょっと待って」


 この場から離れようとする俺に気づいた茶髪の男が、制止をかけ問う。


「君達は、この施設の関係者か? 違うと言うなら、俺たちは危害を加えるつもりはない。話を聞いてくれ」


 違わない、と言えば危害を加えるのか? 実際に違うが、どちらにせよ首を横に振る。

 そんな俺を見て、茶髪の男は安心するような溜め息を吐いた。


「えっとまず、俺の名前は速水俊輔はやみしゅんすけ。隣にいる二人が、雷斗と風香。俺達は、とある仕事でここへやって来たのだけど……君達、建物の中って見た?」


 ばつが悪そうな表情を見せる速水という男。建物の中は見ていないが、外の鐘にぶら下がる非常識なら見た。

 どう答えるのが正解か迷っていると、雷斗と風香がしまったという顔をする。


「俊兄、ごめん。事が終わるまで隠せって言われていたおじさんだけどね」

「良さそうな場所が見当たらなかったから、鐘の中に隠しちゃったの。多分、この人達に見られた」

「鐘の中? どういう」


 そこで建物の方を振り返った速水は、目に飛び込んできたものを見て、体を硬直させる。口を半開きに開けたまま、雷斗と風香の二人に向き直った速水は、早く降ろしてこいと、怒鳴っていた。


「すっげえ、ゾクッとしたじゃねえか。本当、何やってんだお前ら!」

「鐘のおじさんって呼ばれてたからさ。ひらめいちゃって」


 その光景を見て、俺はなるほどと思う。

 鐘に括り付けられていた男――こいつらの言葉を信用するなら鐘のおじさん――をあのような目に合わせたのは、この三人で間違いなさそうだが、見せしめや猟奇的な意図があったわけではなく、隠していただけ……いや! 怖いって!

 速水が取り繕うように笑いかけてくるも、俺は苦笑いしか返せない。


「とまあ、ああいうのが俺達の仕事なわけだけど、知られてしまったからには君達も、なんてことは言わない。忘れてくれっていうのも無理があると思うけど、俺達のことは他言しないでくれないか」


 それは、無理がある。ただ、それほど悪い奴らには見えない。そう思い始めていた俺は、質問をしてみることにする。


「構わない。が、こちらからも質問をしていいか?」

「いいよ。俺に答えられることならば」


 知りたいことは山ほどあるが、こいつらの尾を踏まないように気をつけなければいけない。

 そうだな、まずは。


「速水の仕事内容は何となく察したが、今も誰かを狙っているのか?」

「その質問は……」

「おっと、悪い。誤解を招くのはよくないので率直に言う。俺は富豪家のボディガード、夢見ソラ。お前らは、俺達の敵か?」


 間抜けなカップルから始まり、紆余曲折を経て今日この場所へやってきた。疑問は多々残ってはいるが、それだけは最初に聞いておきたい。


「へえ、ボディガード。道理で、この状況でも落ち着いている」


 速水は少し考える素振りを見せたあと、言う。


「今は敵ではない、とだけ」

「敵になる可能性もあると」

「そうだと言ったら?」


 目を細めた俺に対して、笑みを見せた速水は続ける。


「お前……ああ、すまない。大丈夫。俺達は、富豪家なんて知らない。別のものを追っている。これ以上は、言えないが――」

「いや、それだけ聞ければ十分だ」


 言い切ることは出来ないが、速水が嘘をついているようには見えなかった。

 最低限。しかし、今の俺にとっては最良の答えだと言える。

 そして、そうであるならば、もう少し踏み込めるか?


「倒れている黒服のこいつらは、富豪家の者達だ。やったのは、お前らか?」

「そうだ。俺達の来たタイミングと偶然重なったので、寝てもらった。まずかったか?」


 この数を、こいつら三人で。


「それなら、仕方ない。俺から言っておく。心配するな」

「あんがと」

「もう一つ。俺達は鐘のおじさんってのに会いに来たんだが、それはあそこで寝ている血まみれの男で間違いないか?」

「ああ。理由は言えないが、俺達がやった。……ソラ、と言ったな。お前が、あの男に会いに来た目的を聞いておいてもいいか」


 速水の雰囲気が少し変わり、俺は後悔する。言い方を、もっと考えるべきだった。


「お前らと同じ、といえばいいのかな。あの男には、うちのお嬢の命を狙っているという情報があった」

「ふむ。なんでだ?」

「俺は、聞かされていない」


 金持ちってのは、狙われやすいものだからな。何かを怪しむ速水に対して、俺はそう付け加える。聞かされていないのも、本当のことだ。


 このあたりが限界だろうか。俺一人であればどうにでもなったのだが、側にはミーコがいる。無理をするのはよくないだろう。

 話を切り上げようとした時、そのミーコが口を開く。


「あの、ここからは私個人の質問です。富豪家や、ここにいる夢見君は関係ありません」

「うん。分かった」

「どうして鐘のおじさんは、死ななくてはいけなかったのですか? あと、子共達はどこに? 施設の中には、たくさんの子共がいたはずですけど……」


 ミーコの問いかけたそれは、俺が聞こうとしてやめたこと。今この場では、難しいだろうと思っていたこと。

 警戒レベルを一段階上げた俺は、いつでも動けるように備える。


「最初の質問には、答えられない。もう一つの質問だが、子供達は生きているよ。……一人を除いて、ね」


 意外にも、速水は答えてくれた。最悪の想像をしていた俺にとっては、十分な解答だ。だが、おそらくミーコは。

 ミーコが息を飲み、唇を噛みしめる。その後で、きっと速水を睨んだ。


「おじさんは、おじさんのやっていたことが、何かなんて知りません。でも、子供達が一体何をしたと言うのですか?」

「言えない」

「言えない、答えられない。そんなの! そんな言葉で、納得するとでも!?」

「聞けば、君も放ってはおけなくなる。それとも、君はすでに何かを知っているのかな?」


 速水は警告する。それは優しさなのだろうと思うし、この場においては優しすぎるくらいだと、俺自身は思う。しかし――

 悪い流れに、心の中で舌打ちをする。


「もしかして、昨日夢見くんが言っていた青い――」


 昂ぶっていたミーコが何かを発しようとする前に、俺は遮った。


「青い光」


 やはり、お前は聞いてしまっていたんだな。あの時、あの場にいたもんな。体を震わせるミーコの肩を叩いた俺は、注意を惹くように前へ出る。

 こうなってしまえば、仕方がない。その件は俺個人が聞きたかったことでもあるし、ミーコに矛先を向けさせるわけにはいかない。

 俺は、姫乃の生活を守るボディガードだ。つまり、姫乃の生活を支えるミーコも当然守るべき範疇だろう。


「昨日、俺は見たんだ。青い光。あれってさぁ……」

「何を知っている? 夢見ソラ」


 挑発するように、俺は言う。


「言えない。答えられない」


 笑みを浮かべた俺を見て、速水は一度目を閉じた。


「残念だよ。雷斗! 風香!」

「あいあい~」

「消すの?」

「捕らえる。口が動けば、それでいい」


 怖い注文を出すもんだ。結局、こうなるんだよな。

 ミーコを後ろに下がらせた俺は、敵意を向ける三人に対して構える。


「夢見君……」

「心配ない。下手にそこを動くなよ」

「うん!」


 昨日の透と同じく、目の前にいる三人は薄っすらと青白い光を体に纏わりつかせる。――こいつらも。

 だが、大丈夫。俺の予想が正しければ、これが俺の知っているあれならば、まだなんとかなるはずだ。


「行っくよ~」

「手加減はしてあげる!」


 地面を蹴り、前方から迫りくる雷斗と風香の二人。ニヤリと笑った俺は、ぽろっと口に出す。


「お前らのそれってさ、魔力とかって言われてない?」

「へ?」

「このお兄さん!」


 動きが固まったところを見逃さず二人の頭を掴んだ俺は、そのまま地面に叩き下ろす。

 顔面から地面に叩きつけられた二人は、うつ伏せのまま、しんと静かになった。


「雷斗! 風香!」

「騒ぐなよ。俺が悪者みたいだろ? ま、手加減はしてやったさ」


 息をつく暇もなく、目の前まで迫っていた速水の腕をガードする。

 その俺の腕を振り払い、数歩下がった速水が警戒と動揺を混ぜ合わせたような目で、俺を睨んだ。


「ソラ。まさかお前……覚醒者?」


 覚醒者? また、変な単語が飛び出したな。


「何のことかは分からないが、多分違うぞ」


 覚醒するどころか、夢に囚われ続けている男だぞ、俺は。

 仮に、俺が先程口走った魔力という言葉。雷斗と風香が反応したところを見るに、魔力をこの科学世界でも使えるのが、速水の言った覚醒者に当たるのだろうか?

 自分で言っておいてなんだが、あり得ない。そもそも、魔力なんて物質はこちらの世界には存在していないのだ。

 俺だって、幼い頃は何度も使おうとしてみた。その存在も、使用方法も知っている俺が、使えなかったのだ。


「確かに使ってはいないような。いや、だったらこの二人を。でも……」


 このままでは、何もかも一切が謎のまま。

 息を深く吸って吐いた俺は、混乱し始めていた速水に言う。


「聞いてくれ、速水。俺にお前らと争う理由はないんだ。だから、教えてくれないか? その力のこと。出来れば、お前らの仕事のこと」


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