科学世界20 恐怖のゲームセンター

 店内は真っ暗だった。窓から入る月の光だけが、ぼうっと内装を浮かび上がらせる。

 入り口近くのプライズゲーム――所謂クレーンゲームなど――が設置してある区域を、俺はゆっくりと奥へ進み始める。

 ケースの中には人形やぬいぐるみが残されたままになっており、歩く俺に視線を向けているようで、なんだか不気味だった。


 プライズゲームの区域を抜けると、少し開けた場所に出る。

 左を見ると、店員が常駐していたであろうカウンターが。右を見れば、自販機や椅子が立ち並ぶ、休憩スペース。その奥に、トイレへと通じる細い通路。

 少し悩んだ俺は、正面に広がるメダルを使用して遊ぶ区域へと入っていく。この店が悪党共の根城、もしくは待ち合わせ場所だとして、わざわざトイレを選ばないだろうという判断。あと、汚そう。


 ――広いな。


 心の中でそう呟く。外から見ていときより倍近く、広く感じる。そして、奥に行けば行くほど外の光は届かなくなり、機器がごちゃごちゃとしていて視界が悪い。

 下手なお化け屋敷より恐怖心を煽られ、いつ襲われてもおかしくない雰囲気。緊張感に押しつぶされそうになり、早くも応援を待つべきだったと後悔していた。その時。


「あっ」


 何かを蹴飛ばしてしまい、声が出てしまう。しかしその声よりも、蹴飛ばした何かが転がる音の方が大きく、静かな店内に響き渡る。

 しばらく周囲を警戒し、じっとその場から動かなかった俺は、何も起こらないことを確認すると唾を飲み込んだ。

 蹴飛ばしてしまった何かを、拾いにいく。


 銃だった。一瞬驚いたものの、すぐに肩の力を抜く。

 俺が持っていたのは、おもちゃの銃。ガンシューティングと呼ばれる、画面に向かって引き金を引くあのゲームで使用するものだ。

 何だよ、全く――


「……動くな!」


 安堵のため息を吐いていたところで、物音が聞こえた。びくりと体を震わせつつも、俺は音のした方へ咄嗟に銃を向ける。


「ひっ!」

「待って! 撃たないで!」


 手を上げつつ物陰から現れたのは、俺が尾行していた二人の男女。


「あれ、あなたは」

「ソラさん? ソラさんよね!」


 こいつら、無事だったのか。と、怪訝な表情をする俺に対して、なぜか嬉しそうな表情を見せる二人。


「なぜあなたが……ああ、でも良かった」

「私よ、私。何もする気はないから、お願い。撃たないで」


 良かった? それに私よ私って、お前らは俺の敵だろうが。

 変な仲間意識を持たれていた。


「撃てねえよ」


 店内が明るければ、とんでもなく間抜けな絵面だっただろう。おもちゃの銃相手に、顔面蒼白となって手を上げる二人組。

 恥ずかしさに舌打ちを挟んだあと、俺は銃を捨てる。


「僕達を、追われていたのですね」

「さっき、女の悲鳴が聞こえたんだが、お前じゃなかったのか」


 男の言葉にはふれず、俺は二人に問いかける。なぜ、あんな所に隠れていたのか。


「そうだった。あなたがいてくれるなら心強い。僕達を外へ逃してください!」

「何かいるのよ、ここ!」

「何か?」


 怯える様子の二人を宥め、まずは話を聞く。

 二人は俺の予想通り、裏の稼業を辞める気はなかった。そして、今回の仕事が成功したとしても、失敗したとしても、この場所へ来るように言われていたという。

 一度くらいの失敗なら、大目に見てもらえるよな。そんな馬鹿丸出しの気持ちでやってきたらしいが、そこで二人が見たものは――


「案内しろ」

「すぐそこだよ。ビデオゲームの区域に」

「ねえ。早く逃げよ? 絶対やばいって」

「これは……」


 血に濡れた男たちが、倒れていた。暗くて分かりにくいが、五人以上はいるように思う。


「こいつら、死んでるのか?」

「知らないわよぉ」

「確認くらいしろよ」

「もしも死体だったら、怖いじゃないですか」


 お前らは、人を死体に変える仕事をしているんだろ。呆れつつも俺は、倒れた男たちに近づいていく。


「角にいるニット帽の男が、僕達に仕事を持ってきたんです」


 そうなのか。だとすると、なぜ――

 疑問はあるが、とりあえずはと思い、一番近くで倒れている男を靴の先でつついてみる。


「うおあ!」

「きゃあああ! いやああ!」

「なんです!?」


 つついた男に、足首を掴まれる俺。俺よりも驚く後ろの二人のせいで、いやおかげで、逆に落ち着きを取り戻す。

 足首を掴んだ男は、弱々しい声でこう言った。


「助けて、くれ」


 助けてだと? こいつらが二人に依頼を……一体どういう。

 状況をまとめる前に、何かの割れる音。


「伏せろ!」


 振り向くと、俺は二人に向かって叫ぶ。目で捉えられたのは、凄まじい速度で機器の間を通り抜けていく影のようなものだけ。暗いこともあるだろうが、そうでなくとも速いと思える速度。――人ではない? いや!

 頭を抱えつつしゃがんだ二人の頭上を越え、俺の眼前に迫る。


「あ、ばかっ!」


 避けようとして、足首が掴まれたままだったことを忘れ、顎に衝撃。予想以上の重い一撃に体が浮き、ビデオゲーム機の画面を尻で割る。

 俺が上半身を起こしている間に、背後に抜けたはずのそいつは壁を蹴り、床を蹴り、またバカップルの頭上を越え、何かの機器の上に着地した。


「くそ、誰だ」


 誰だ。俺がそう言ったのは、襲ってきたその影が人であると思ったから。

 どこのどいつかは知らないが、問いたださなければならない。先程ちらと見えたあれが俺の想像通りならば、非常に厄介なことになる。


「嘘。確かに今、顔面を……」


 影が喋った。やはり、人。

 立ち上がった俺は、そいつに近づいていく。


「今のをまともにくらって動けるなんて、お兄さん頑丈すぎない?」

「誰だって聞いたんだ。答えろ」


 言いつつ、側に近寄っていくと影の正体が見えてくる。子供。

 学園に通う俺だってまだまだ子供と言える年齢かもしれないが、その俺よりもおそらく年下。無邪気であどけない笑顔を見せていた。


「ガキかよ。やりずらいな」

「僕達は、ガキ呼ばわりする大人が一番嫌いなんだよね」


 僕達、ね。訂正。やりやすい。

 ガキって言われて怒るのが、まだまだガキってことなんだが、ここは。


「悪かった。自分より頭が良さそうな年下を見ると、つい上に立ちたがってしまうんだ」

「ああ、いるよね。でもお兄さんは謝ってくれたし、自覚もあるみたいだから、今回は許してあげる」


 くそガキめ。


「サンキュ。それでだ……お前は、えっと――」

とおる

「ありがとう。まず言っておくと、俺も、後ろにいる二人のアホも、ここにいた奴らの仲間なんかじゃない。透に襲われる理由はないと思うのだが、どうなんだ?」


 どうなんだ? と、具体性のない質問を投げると、考える素振りを見せていた透は、警戒しつつも口を開く。


「確かに、聞いていた人数とは違うけど」

「だろ? 俺たちはあれだよ。廃墟をこよなく愛する心霊マニアってやつだ。霊より怖いものを見たんで今日は満足だ。帰らしてくれ」

「それって僕のこと? へへ。ていうか、こういう所に勝手に入るのって、いけないことじゃなかったっけ……」


 許可なく人様の敷地へ入るより、いきなり人に殴りかかってくる方が悪いことだと思うぞ? 思いはしたが、もちろん口には出さない。


「悪いけど、俺たちがいたことは黙っていてくれ」


 俺が唇の前で指を立てると、透は小さく笑う。


「え~、どうしようかなぁ」

「頼むって。それを言ったら、お前だってこんな場所で何してんだって話になるぞ?」

「僕は違うよ。失敗した悪い奴らを、懲らしめにきただけだもん」

「見た目からして悪そうな奴らだしな。透が先に来ていてくれてよかったよ。失敗?」


 話が流れに乗り、少しずつだが情報が出てくる。

 自分より立場が弱い奴らだと思い込ませれば、案外簡単に口を割る。こういう子供は自身の功績を言いたがり、認められたがるものだからだ。


「失敗ばっかりだよ、本当に。挙句の果てには、駄目って言われてたのに外部のプロを雇ったらしくてさぁ。おじさんも、呆れちゃって」


 笑みは崩さず話を合わせる俺は、なるほどと思う。

 バカップルに依頼をした男たちは、すでに何度も失敗を繰り返していた。俺が知らないということは、俺が姫乃に会う前の話なのかもしれない。

 そして、男たちは禁止されていたという外部の人間に話を持ち込んだ。聞いた限り、かなりの大金。切羽詰まった状況だったのか、藁にもすがる思いだったことが伺える。


「プロを雇った、ねえ」


 背後で抱き合い震えていたバカップルに、一度顔を向ける。

 俺の視線に気づいた二人が、どこか誇らしげな笑顔を見せていた。


「そうそう。プロの人達。まあ、僕達『ゴールデンエッグス』には敵わないだろうけどね」

「そうだろうな。きっと、しょうもない奴らだよ。おじさんっていうのは?」

「おじさんはね……あ!」


 順調に進んでいた会話も、そこでついに途切れる。欲張りすぎたか? と思ったが、おそらく失敗したのは俺ではない。

 口に手を当てた透は、ゆっくりと俺に視線を合わせる。


「お兄さん、今の、聞こえた?」

「ん? 何のことだ?」


 とぼけてみるも、ここらで終わりだろうな、と笑みを崩し諦め始める。

 ゴールデンエッグス。透が問いかけているのは、十中八九その名のことだろう。あとはおじさんについての情報がほしかったが、仕方ない。

 最低限の話は、聞けただろう。


「だから、ゴールデン――」

「ゴールデンエッグス。合ってるか?」


 俺の言葉に、大きくため息を吐く透。


「ごめんね、お兄さん達。聞かれたからには、死んでもらうルールになってるんだ」

「私達も!?」

「どこか外国にでも行ってくれるなら、もしかしたらおじさんも」


 狼狽える二人がうるさい中、すでに俺は心を落ち着けていた。目を据わらせ、敵意を透に向ける。


「うっ。お兄さん、なんだか雰囲気が」

「おいガキ、最後に一つ聞きたいことがある」

「ガ……な、なに?」


 ゴールデンエッグスや、おじさんとやらについては後で調べるとして、バカップルや、後ろで倒れる男たちについては、もうどうでもいい。

 先程気になったあの件だけは見過ごせないが、それもこいつを捕らえれば分かること。

 ただ、やり合う前に聞いておかなければならないことがある。


「お前らは、この先も姫乃を狙い続けるのか?」

「姫乃? あれ、姫乃って確か僕達が」

「否定しないのか? だったら、ガキだろうと容赦はしないぞ」


 お兄さん、誰――

 小さく呟いた透に、俺は言う。


「夢見ソラ。俺は、姫乃のボディガードだ」


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