第5話

「でも、私、あの頃の方がよかったよ」

「そりゃ〜、あの頃はテストも無かったし。ゲームは親に隠れて好きなだけやってたし、アニメばっか見てても嫌味を言われないし」

 そういうことじゃなくって……

 と、私の頭上でカチッと音がした。

『エレベーターの中は大丈夫かい? なんともないかい?』

 この声はさっきのおじさん。

「はーい、大丈夫でーす!」

 マー君は少しおどけて言った。

「ちょっと、ふざけないでちゃんと言ってよ」

 私はマー君を睨んだ。

『あ、あの……そこにいる二人って、男の子二人じゃないのかい?』

 焦ったおじさんの声が返ってきた。

「そうですけど……どうかしたんですか?」

『い、いや。べつになんともないならいいんだよ。エレベーターの方は、ケーブルに支障はないらしいから。たぶん電気系統がおかしいんだろうけど……』

「後どれくらいかかるんですか?」

 私は不安気に尋ねてみた。

『そうだね。そんなに時間はかからないと思うよ。管理会社の人はもう現場に駆けつけて作業してくれてるから、安心して待っててね』

 カチッ。また音声が途絶えた。

「なんか、おもしろいおじさんだな。でもさ、よかったね。もうすぐ出られそうだよ」

「そうだね」

 だけど、私はというとそれほど嬉しくない。逆に、心の何処かに妙な焦りがあった。もっとこのままでいいと思う気持ちがどこかにある。マー君に言っておかないといけないことがある。私はマー君のことを嫌いだったんじゃない。今頃そんなこと言ったてどうしょうもないのはわかってるけど、だって今言っとかないと、また今までと同じ気持ちのままで日々を送ってしまう。あの時嫌いなんて言ったのは、それは、大好きの裏返し。そうだ! そうに決まってる!

「あの、マー君。私、小学校の卒業式の日にね、マー君のこと……」

 勇気を出して! ホラ、もう時間が無い! 俯きながらも自分の心に言い聞かせる。

「その……マー君に大嫌いなんて言っちゃたけど、違うの。……そうじゃなかったのっ!」

 奮起して私は顔を上げた。

 マー君は「どうしたの?」というような顔をして私を見つめた。

 私の目の前には、耳にイヤホンをしてを、指でリズムをとっているマー君がいた。私は呆然としたものの、少し安堵した。

「なんだ……聞こえてなっかったんだ。でも、よかった。やっぱりその方が……」

 自分でもわからない。聞こえなかったのがよかったことか、それとも残念なのか。

「今、私がマー君のことを好きだって言っても、何も変わんないもんね。ただね、あの時勇気がなくて逃げちゃったのが悔しくて。それに、いくら好きの裏返しだからって、『嫌い』に『大』までつけることなかったのに。子供ってバカだよね。嫌いなのはマー君じゃなくて、子供すぎる自分だよ」

 今言ったこともマー君には聞こえていない。囁きのような独り言だから。

 マー君は俯きながら依然として指でリズムをとっている。

「ごめんね、マー君。私、マー君のこと好きなのに逃げたよ」

 少し可笑しくなった。マー君に聞こえてないのに、何を本気になってんだろう。

 暫くして、俯きながら音楽を聞いていたマー君が顔を上げ伸びをした。

「もう、そろそろ動き出すかな」

「……うん」

 マー君はイヤホンを外しとブレザーの胸ポケットにしまった。そしてゆっくりと立ち上がる。

「ねえ、チーちゃん。今でも、やっぱり次の日が休みだったら嬉しい?」

 いきなり何を聞くのかと思えば。

「べ、別にそんなこと……ないよ」

 言いかけて、やめた。もう嘘は言いたくなかった。

「ううん。そうよ。そうなの! 嬉しい! 何もなくてもソワソワするし、なんだかワクワクするの」

 マー君はそれを聞いてククッと肩で笑った。

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