あの人

「あの人に会いたいな」

 テーブルに肘をつきながら、ゆいかは僕にそう言う。

「あの人?」

「昔大学生だったころに出会った人」

「どんな人?」

「背が高くてハンサムでそれで優しい人。私の初恋の人」

「へえ。そんな人がいたんだ」

「すごくかっこよかったなあ」

「僕には関係のない話だね。別に僕はそれらの特性を持っていない」

「そんなことはないわ」

 考えるようにゆいかは言う。

「あなたにはあなたの個性がしっかりあるし、それはあなたの特筆すべきことだと思う」

「僕は思うんだ。そんなことは大したことじゃないってね。時々むなしくなるんだよ」

 僕らはテーブルの上で小麦粉をこねている。ピザを焼こうと思ったのだ。

「私はそんなことはどうでもいいのよ。でもねたぶん私はそういった着想みたいなものを信じることができないと思うの」

「どうして?」

「それが恋だから」

 ゆいかはピザの形に小麦粉を伸ばしている。

「恋?」

「そう。地球人特有の恋よ」

「ずいぶん昔の話をされたみたいだ」

「これが私の着想なのよ。多くの人はそれが古いというわ」

「恋って? 恋愛の恋だよね」

「それが着想なのよ。私の中に今だにある恋の火花がくすぶっているみたいな」

「僕にもそういう時代があったな。こうして宇宙に来てから長い間忘れていた」

「ピザの上に何載せるの?」

「ソースを載せる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る