第4話 生前葬
第四章 生前葬
どうにか釈放された私だったが、五十万円は痛手だった。悪夢のような留置生活も私から気力を奪っていた。
その少し前になるだろう。TVについてこれだけは書いておきたいと思うことがある。
とあるキー局の「生前葬」という番組についてだ。
もはや妄想と判断されても構わない。
録画はまだ見られる状態にある。だが見るのが怖い。
今は事務所の問題などで分裂している、とある有名な集団がいる。アイドルと言った方が良いのかもしれない。全員男性だ。
彼らがメインとなり、名のあるゲストが多数出演したその番組は、私には「途方もない幸せ」か「これ以上ない悪夢」のいずれかだ。
あり得ないことにまるで「彼ら」のように全員が喋り、行動した。
中でもドラマ出演などで有名な一人の言葉がどうしても記憶から消えない。
私はまるで全てが監視されているかのような番組のコンテンツに、発狂寸前だった。
どこから監視しているのか。私は天井の「火災報知器」になぜか目が止まった。TV以外の電気機器はほぼ全て止まっている。残された可能性を潰すために私は天井に届くまで洗面台を昇り、飛びついて火災報知機を外した。
汗を拭いながら再びTVの前に戻った。
「こんな顔で」私の恐怖に引き攣った顔をその有名なアイドルは真似していた。
「こんなに」火災報知機に飛びつく私の真似をした。
「やったんだぜ」
どこだ。どこに監視装置があるのか。私が深い場所から壊れていく。
恐怖はあまりにも深く、私は水の底にいるかのようだった。
「生前葬」番組のタイトルは何を意味するのか。間違いなく今度こそ私は葬られるのか。
二十四時間ほど続く番組を私は見続け、途中で一度気絶するように眠った。
気絶していた個所も録画はされている。見るのが恐ろしいのだ。
どうすればこれほどの怒りのターゲット足り得るのか。怒りでなければ何が彼らに私を見張らせているのか。
(現在からの視座で見れば「狂え」という指示だったようにも思う)
誰にも相談せず、私は一人で震えていた。
私でなければ面白かっただろう。
最後の正気が削られていく。私は全力で意味を拒否し続け、どうにか正気を保った。
(信じて頂けるかどうかはわからない)
再生しながら克明に全てを記載することも可能だ。再びあの悪夢に足を踏み入れる覚悟さえあれば。最低限必要とされる正気を保てるかどうか、全く自信はない。
クトゥルフだ。聖なる侵入だ。
私にはP.K.ディックが狂気と戦いながら出版した作品がどれほどの苦しみの中で書かれたものか想像できるような気がする。
二十四時間の狂気の番組の後も似たような番組は続いた。
私は次第にTVから自分を遠ざけるように成っていった。そうした番組の中で最も私に美しくかつ狂気に満ちているように感じられたのが「生前葬」だ。
(まだご健在であろう何人かに迷惑がかかるのでバレーの中継で誰かの名前が連呼された話などは克明には書かない)
目を開いていれば狂気に巻き込まれる。
私は暗い部屋で眠った。
それでも手掛かりを求めて夜、TVを見ることはあった。
「それ」私はある質問に答えていた。向かっていたのはTVの画面だ。明らかに狂っている。
「それ、じゃ分からないよ。もっとはっきり言ってよ」誰かが言う。
「それ、としか言えない」
「もっとはっきり!」
対話は時に成立し、時に成立しなかった。成立していると思う事自体が狂気だ。
――私は真夏の日差しに耐えながら重い、そのリュック一つあればどこへでも行っても生活できるほどの荷物を詰めた黒い袋を担ぎながら、とある街道を歩いていた。
時には歩いて証拠を探した。手掛かりを探した。
皮膚が痒い。
「日光で皮膚が炎症を起こしているんですか」通りすがりの誰かが言う。「痒いのはそのせいですよ」
私は黙って歩いた。喉が渇いていた。
ある時は立川駅の人混みをその姿で歩いた。
すっ、と近寄って来た誰かが「答はゼロだよ」と囁いた。
筮竹を神妙に操っていた占い師は「困ったら右に行くことです」と告げた。
笑い声。「死ねよ」という罵り。
「どうしたんですか?」
「死ねよと言われた」知らない誰かに呟いた。
「それは酷いですね」
もう私の小さな世界は「彼ら」で飽和していた。「青」で飽和していた。
そして、「赤」の時代が来た。
どの車も赤い。この間まで青かったものが赤い。
この先は完全に妄想だと思って欲しい。
スコットランド独立投票は2014年だ。私はこの近辺で『青』に巻き込まれた事になる。彼らが報道で振る旗は『青地に赤』と『赤地に青』で、『青と赤』で苦しんでいた私には悪い冗談にしか見えなかった。
こんな大きな出来事にまさか私が関係しているはずはない。
私はパスポートを取ってどこかへ逃げようとさえしていたのだ。
世界までが「彼ら」なのか。
そして、全ての始まりに近い時期の事を書いておく。私がまだラジオのアンテナを折ってしまわなかった頃の話だ(故意ではない)。米軍放送を聞くのが趣味でもあった私は、いつも通り選局した。
「STOP SMOKING」いきなりそうラジオが告げた。
私にはそれが自分への警告に聞こえたのだ。
弱っていた私にはもう、何もかもが「彼ら」の言葉に聞こえていたのかもしれない。
昼夜を問わず見るもの全てが『青と赤』の中にあり、誰もが私に謎めいたことを語り掛ける。解けない謎こそが恐怖なのだと私は実感していた。
時系列の乱れを許して欲しい。
ある日私はよく使っていた書店で本を抱えてレジに向かう所だった。見れば女性ばかりが多かった。こんなにレジが混むことも珍しい。
「もう、教えましょうか?」私の前に居た女性がそう言った。
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