第4話
《clubネイキッド・ランチ》の客の入りは上々だった。
事務所には、田下部とチーフマネージャーの堀田が、泣いているホステスをなだめている最中で、木嶋を見ると、すっくと立ち上がり、ー(お疲れ様でした!) と頭を下げる。
ナホと呼ばれているその子は、マミというホステスと、同じ客の取り合いで負けたのだと言う。
キャバ嬢の世界は指名の多さによる歩合制で成り立っている。故に客の取り合いは日常茶飯事であり、トラブルも絶えないのであった。
ナホは木嶋がVIP席に指名することで、何とか機嫌が直った。
「オーナーから指名やなんて、もうチョー嬉しいわ」女は現金なものである。
ナホの他に、ミナコ、ユミ、ネネの三人も加わった。
「田下部も落ち着いたら来るよう言うてやれ」新入りの黒服に、チップを渡した。
田下部が合流して、木嶋はシャンパンを卸させる。
「カシラ、上機嫌やないですか?」
「昨夜の慰労やないけ、まぁ遠慮せんと飲め!」
木嶋は、ジョッキグラスにシャンパンを入れて、一気にあおる。
「いやー!オーナーすごーい」
女の子達が黄色い声を上げる。
「ちょっと小便いてくるわ」
木嶋が立ち上がり、ドアの方へと向かって歩いて行くと、途端に何か硬い金属で殴られたような激しい頭痛にみまわれ、たまらずその場でうずくまった。
「カシラ!大丈夫ですか!」
その痛みは一瞬の事で、木嶋はゆっくり立ち上がった。
「おぅ、大丈夫や少し飲み過ぎたかな」
あはは、と笑ってトイレに向かった。
流しの前の鏡を見つめて、木嶋はそこに写る精気の無い自分の顔に恐怖を感じた。
(時間が無い)、漠然とそういう思いが頭をめぐる。
その後も散々飲んだ挙げ句、木嶋は田下部を2軒目に誘った。
外に出ると、待たせてあった筈の信男がいない、 しかもベンツをほったらかしにしてである。
「あいつどこ行きよったんや」
木嶋は信男のスマホに連絡を入れた。
が、しかし信男は電話に出ない。
とりあえず、路上駐車のままではまずいので、店の黒服に運転させ、駐車場に止めさせた。
信男は知恵遅れではあるが、「ここで待て!」と言えば、何時まででも待っているような男で、勝手にその場を離れるようなやつではない。
事務所に電話をいれても、知らないと言う。
木嶋等は心配にはなったが、そのまま2軒目のスナックに向かった。
やくざ御用達の(スナック 摩天楼)は、60過ぎた照美ママと、フィリピン人のアニータ、同じくフィリピン人のマリアの3人で切り盛りしている、こじんまりした店である。
扉を開けると、すぐにグスタフ・クリムトの(接吻)のポスターが見え、その横には相田みつおの小さなカレンダーが置いてあった。
何でも飾ればいいと思っているのだろう、店のセンスが疑われる。
木嶋は、レミーマルタンXOをストレートで頼み、田下部は芋焼酎をロックで頼んだ。
「貧乏臭いもん頼みよってからに」
「俺、洋酒がダメなんです」
お客は木嶋等の他には、何度か顔を会わせたことのあるパチンコ屋の店長がカウンターで一人で飲んでいるだけであった。
木嶋は、隣に座ったマリアの胸を揉みしだきながら、自分の股間を触らせていた。
「洋ちゃん、今日はえらい飲んで来てるやないの」照美ママが、細いタバコを吹かしながらカウンター越しに、ニッと笑って抜けた歯を見せる。
「ママも何ぞ飲まへんか?」
「したら、ウーロン茶頂こかいな」
「それが一番高い飲みもんやんけ」
時間は0時を回ったところで、木嶋は田下部を残し、一人で帰ると言った。
「堀田を迎えに越させます」と言って、携帯で電話を掛けた。
堀田は10分程で迎えに来た。
「自分も一緒に帰ります」と、田下部も立ち上がったが
「いや、もう少し飲んでけ」と言って、木嶋は堀田と共に外に出た。
後部座席に乗った木嶋は、直ぐに眠りに落ちた。
事務所に着いた時にはイビキを掻いていたらしく、堀田に起こされた時には、ここが何処なのか記憶を無くしてしまっていたほどだ。
車庫にベンツを停めると、堀田はタクシーを呼んで帰っていった。
事務所の鍵をルイヴィトンのバックから探している時に、iPhoneが着信音を鳴らした、
信男からであった。
ーもしもし、信男か?
ー木嶋さんですか?信男君は今おねんねの最中でしてね。
ーお前、この前の原田の店おったやつか?
ーええそうです、栗原と申します、その節は大変お世話になりましたね。
ーどうでもええんじゃい!信男は無事なんやろうな!
ーもちろん無事ですよ、少し大人しくしてもらってますがね。
ー何処に連れてった?俺が今から行く、場所教えろや。
ーそれじゃあ、うちの売上持ってこの坊っちゃんを引き取りに来てもらいましょうかね。
ーあれは、原田が持ち逃げした金じゃ!
ー何を言ってるんですか、あれはうちの店の売上ですよ、それと、いろいろと治療代掛かりましてねぇ。
ーアホかわれ!そんな事今言うても埒があかん、すぐ行くから待っとれ。
木嶋はかなり酔っていたが、それ以上に怒りにのぼせて、車庫のベンツに乗り込んだ。
時刻は0時半、この時間帯なら、30分もあれば着くだろう。
(待っとれよ信男、今助けに行くからな)
酩酊する頭で、木嶋は猛スピードで神戸に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます