第3話
紅蓮の炎を身に纏い、怒り猛る阿修羅像を波打たせながら、木嶋は佳代を後ろから突いていた。
「あぁ洋ちゃん!来て!」
尻から背中にかけての滑らかな佳代の後ろ姿は、完璧なまでのスタイルで、木嶋はいつも最後は後背位で射精するのだった。
「ねぇ洋ちゃん、うちそろそろ新しいバッグ欲しいねんけど?」
「この前バーキンとかいうの買うたばっかりやないか?」
「ピンクのやつで、かわいいのん見つけたんよ、ねぇお願い買うて~、一生のお願いやから」
一生が聞いて呆れる。
佳代はいつもそうだ、木嶋に少し後ろめたさを感じているようなことを嗅ぎ付けると、すぐにおねだりが始まる。
大した玉であることには違いない、何せ店の売上トップのキャバ嬢なのだから。
シャワーを浴びている間に、iPhoneに着信があった。
2件の履歴を確認すると、1件は武政のオヤジで、もう1件は連合会の会長の水田のオジキからだった。
武政のオヤジに先連絡を入れる。
ーおぉ、洋介か、今どこや?
ー今、堂島にいてます。
ーオナゴのとこか?何しとった?
ーはい、今軽く汗を流してました。
ーははは、おもろいこと言うようなったやないか。
まぁ、それはそうとな、水田のアホからお前がどこにおるか聞いてきたんや。
ーはぁ。
ーわしゃ子守りを仕事にしとらんわ!ちゅてからに電話切ったったけど、まぁ、あれやったら、連絡したってくれ。
ーはい、お手数お掛けしました。
木嶋はiPhoneを持ったまま頭を下げた。
組長と話しをするのは、いつまでも立っても緊張してしまう。
何せ組織のトップに対してアホ呼ばわり出来るのは、武政のオヤジ位だろうから。
ーもしもし、木嶋か?さっき千博にも連絡したんやけどな、お前昨夜神戸行ったそうやな?
ーはい、ちょっと野暮用で。
ーまぁその事で、関東の腐れが、ケンカ吹っ掛けてきよったんや。
ーえっ!オジキにですか?
ー具体的には、木嶋、お前に落とし前付けぇって話やけどな、俺も事情わからんまま、千博の子分差し出すわけにいかんやろ思てな。
ーえらいすんません。
ーまぁ、後でこっちに顔出せや。
時刻は午後4時を回っている。田下部に電話を掛けたが、既に新地の店でミーティングの最中だった。
西成の事務所に掛けると、電話番の宮林が出る。
ー俺や、そこに誰ぞ暇なやついてんか?
ー俺以外、おやっさんと、信男しかいてませんけど。
ーほな信男に迎えに来るよう言うてくれ、場所はΧΧΧ ΧΧΧ
佳代は全裸のまま玄関まで送りに来ると、木嶋の手を取り、自分の性器にあてがう。
「洋ちゃんの好きにしてええんよ」と、トロンとした目で口付けを迫る。
バッグぐらい買うてやるか。
「お、お、お待たせしました。」
パンチパーマの、信男がベンツに乗ってやって来た。
まだ幼さの残る信男は、組の見習いとして働くようになって半年ほどだが、素直さのあるところがオヤジに気に入られている。
「会長とこ行ってくれ」
豊中市にある水田の家に着いた木嶋は、信男に、「後で連絡するから、どっかで時間潰してこい」、とダンヒルの財布から一万円札を渡した。
要塞のような壁を眺めながら、玄関口まで歩いて行き、インターホンを鳴らす。
「どちらさんですか?」
「木嶋です、遅うなりました」
門の横にある小さな扉から、雪駄履きの年寄りが愛想よく迎え入れてくれた。
「お待ちしてました。」
久しぶりに本家の中に入ると、綺麗に手入れされた松の木が見える。その奥には玉砂利を敷いた庭があり、更に石垣で出来た池の中には、数万円は下らない錦鯉が数匹泳いでいる。食べても旨くない魚に金掛ける気が知れない。
縁側を歩き、世話役の年寄りが部屋の前で正座をする。
「お客人、お見えになりました」
「おぅ、入れや」
中から、水田の声がする。
静かに障子を開けると、年寄りは頭を下げて、失礼します、と言って立ち上がり、去っていった。
中には、肘掛け椅子に座る水田と、その横に組長代行の池川竜二が胡座をかいて座っている。
「先やっとるで」
神田雄三がビールの入ったコップを掲げる。
「木嶋もビールでえいか?」
水田がお付きの若い衆にビールを持ってこさせる。
「いただきます」
「まぁ、話しは神田から大体聞いた、どうもこの裏で絵書いとるやつがいてるな」
水田はキセルでタバコを吸う粋な極道である。
「やっぱり、拳竜会ですか?」
木嶋は、神戸を拠点にする、組織団体を思い浮かべていた。
2年前、水田率いる連合会に、上納金について揉め事が生じ、神戸の塩田組以下、幾つかの下部団体を率いて、独立を図り、拳竜会なる組織団体を立ち上げたのだった。
その当時、あちこちで小競り合いがあるなか、大阪と兵庫の県警は総力を挙げて、抗争に発展しないよう、圧力を掛けたにもかかわらず、双方の幹部二人を射殺されるという事態になった。
もちろん行方不明者は、片手で足りないぐらいいるのだが。
「ケンカやったら、わし、買いまっせ」
神田が不適な笑みを浮かべて、グラスのビールを煽る。
「お前は暴れたいだけやろが」
代行の池川が苦笑する。
「わし、それを仕事にしてますねん」
神田の一言でその場が和む。
「まぁ、この件はこっちから出張る事もないやろ」
水田は、出前で取ったにぎり寿司の桶盛りを木嶋等に振る舞った。
それから小一時間程、最近の景気の話やら、武政組長の博打狂いやらの話で盛り上がった。
「すっかりご馳走になりました、そろそろお暇させてもらいます」
木嶋と神田は、水田に礼をいい、屋敷を後にした。
「例の事、何か連絡あったか?」
神田が昨夜の高速道路での出来事をこっそりと聞いてくる。
「いや、何も無い、テレビでもやってへんしな」
あれだけの事故で、しかも運転手が拳銃で撃たれたとなれば、ニュースにならないはずがないのだが。
「無いなら無いでえいやんけ、俺らも知らんふりしとこや」
神田が舎弟に待たせてあった黒のエルグランドに乗り込んで、門を出ていく。
木嶋も信男に連絡して、新地の店まで送ってもらうよう指示する。
それにしても、何故あの事故が発覚しないのか、不可解で仕方がなかった。
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