song of sakura ♪2
私はアーティストになりたくて、ずっと活動を続けてきた。父親の影響で幼い頃から色々な音楽に触れ、いつしか自分で歌うようになった。作曲活動も始めて歌は確実に上手くなり、ようやく先に光が見えてきたような気がした。
デビューの話が出た時、私はもうやれるだけのことはやったし、後は約束された未来を受け止めるだけだと思っていた。だが、デビューは決まらなかった。その音楽関係者は私の演奏と歌を聴いて、すごくうまいわね、と褒めてくれた。
でも、それは褒めた訳ではなかったのだ。
「あなたにはもっと別の課題があるわね」
そんな訳あるか、とその時は憤ったけれど、現実はなかなか上手くいかなかった。何がいけないんだろう、と悩んでいると、知り合いのミュージシャンがようやく指摘してくれた。
「お前は上辺だけをなぞったやり方をしているんだ。それじゃ、心に響かないわな」
私はそんな理不尽な言葉を叩き付けられて、家に篭って自問自答を繰り返した。何がいけないんだろう、こんなにも良くなってきているのに、誰の目にも留まらないのか。
そうして何となくその答えが自分自身にも理解できていたのだ。私の歌は、あの桜の木の下で出会った男とは、全く違うものなのだと。だから、その答えを探したい一心で、男に縋り付いてしまった。
あの男の歌を聴き続けていれば、何かわかるかもしれないと思ったけれど、アマチュアである私が自分で勝手にこうしなくちゃと思うこと自体が馬鹿らしいのかもしれなかった。
でも、あの男の歌の中に、何か私にとって大切な何かがあるような気がしてならなかった。
それを探す為に、次の日も桜の木へと向かった。
男はやはり桜の木に腰かけて、歌声を風に含ませてどこか視線を遠いところへと向けていた。私はとりあえず持ち上げていた鞄をすっと脇へ抱え、彼へと近づいていった。
「また来たのかよ、何の用だよ」
「もう一度歌を聴きに来るって言ってなかった? 待っててくれたの?」
「お前を待ってどうするんだよ。やらせてくれるんなら別だが」
男はそんなことを言って、ギターを構えて私をじっと見据えた。
「そんなに聞きたいならやってやるよ。でも、何度も言う通り、お前はもう十分歌えるだろ。俺に拘るのはこれっきりにしろ」
そうつぶやくと、彼はギターに手を触れた。その瞬間、わずかにその場の空気が変わった。またあの不思議な脈動を感じ始めた。心にじわじわ迫ってきて、奥深くまで突き刺すような、情熱的なその声。
彼の声は本当に不思議そのもので、私は何度耳にしてもそれが信じられなかった。どうしてこんなに心の琴線に触れてくるんだろう。男はボサボサの黒髪を揺らせながら歌い続け、やがてそこには冬の港町が現れ始める。
橋の上を往来する人々の顔には笑みが浮かんでおり、きらびやかなネオンがその港町を彩っていた。船から放たれる光が水面の上でゆらゆらと揺らぎ、細長く続いている。そんな情景が浮かぶような、都会的な曲だった。
私は彼の歌が耳から零れ落ちないようにして、聴いていた。やがて、彼がそっとギターから手を離すと、やはり大きな拍手を贈っていた。
「あんた、すごいよ。やっぱり、何かあるよ、絶対」
「何かあるって言われても、本当にあるんだかないんだか、俺にはさっぱりわからねえな」
「歌とかギターは全部自己流? 誰かに習ったとか」
男はそこでふと視線を逸らして、ばつの悪いような顔をして、なんだかな、と零す。
「俺に歌を唄わせるきっかけになってくれた奴はいたよ。お前とは違って、随分巨乳だったな」
私は容赦なく鞄で男の脳天をかち割り、たんこぶの一つ浮いたその頭を見ながら、「どんな人?」と囁く。
「どんな人って、ミュージシャンだよ。この桜の木の下でその女がよ、俺に歌を教えてくれたんだ。毎回何度も歌って、その度に色々なことを諭してくれたんだ」
「技術ってこと?」
「技術ってもんじゃねえよ。もっと心の奥深くに巣食う何かだ」
心の奥深くに巣食う何か。私はそう繰り返し、ぐっと拳を握った。ここだ、きっと私の探しているものがあるはずだ。
「どうすれば、私にもそれが見つけられると思う?」
「知らんよ」
男はそうつぶやくと、手をひらひらさせて、「話は終わった」と追い払う仕草をする。
「そんなことは自分で考えるべきだろ。というより、これだけは言わせてもらうが、そんなこと気にしてる暇があったら、人前でやれ。歌いたいならつべこべ言わずに歌えばいいだろ。お前はそれだけの力があるんだから」
私はきょとんと男の冴えない顔を見つめていたけれど、自分の腕を擦って「あんたに褒められるとは」と薄ら寒い気持ちになる。
「どういう意味だよ、それ。とにかく、どこかへ行け。ここは子供の来る場所じゃねえ。俺はまな板には興味がねえんだ」
最後にもう一度男の頭を殴ってその場を後にした。心の中に残っているその火照りは、私にとって大切な、大切な熱情だった。また歌いたい、と自然とそんな気持ちが浮かんできた。結果的に男に励まされたことになるのかな、と私は苦笑してしまうのだった。
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