Heart restored 修復されるこころ EP1
「た、田辺君……」
困ったような表情にみるみると、顔を染める理都子。
「あのなぁ、まどかちゃん。俺と理都子とはそんな……」
「まったくもう、ほんと弱虫田辺。まゆみ先生が言っていたわ、あの人ここ一番と言うときに、本当に弱気になるって。だからもしね、そんな時があったら私に彼の事たたいても、真っすぐに思いをつたえるようにしてって言われてる。だから私は田辺先生には容赦しない今は。そしてりっちゃんにも」
そんな俺ら二人を見ながら秋島まどかは。
「やっぱり私お線香とお花買ってくる。すぐそこにお花屋さんがあったから、そこに行ってくるね」
『後は二人で……。頑張って……ね!!』
そう言い残し、彼女は俺ら二人をおいて、すたすたと歩き離れていく。
その後ろ姿をふと、見つめる。今、俺の目に映る秋島まどかの、あの背中に感じる寂しさと、また自分の望む世界を見つめる、彼女の真っすぐなむこうを。
その姿を見ていると俺ら二人とも、まゆみと言う存在を失ってから、お互いの時間は止まっていたように感じた。
少ならずも、俺も感じてはいた……。理都子の気持ちを……。
それをまゆみは知っていたんだ。そして自分の未来が、途切れようとしている事も……。
だからなのだろうか? 俺はまゆみが、ひそかに秋島まどかにこの事を託したことに、違和感を持つことはなかった。
正直、理都子はまゆみの妹。俺はいつもそう自分自身に、言い聞かせていたところがあったのは否定はしない。
まゆみがこの世を去り、そして理都子がアメリカに移籍した時も、俺は彼女理都子の事を気にする。いや、その余裕もなかった。と言うのが事実だった。
もし、あの時本当の気持ちを、俺が素直に理都子に打ち明けていたら……。
俺はまゆみを愛している。いや愛していた……。
彼女が生きている時も愛していた、はずだ。
しかし、心の中に残るしこりは、まゆみへの想いを強くすることで、俺は消し去ろうとしていた。本当はまゆみがこの世から、俺の前からいなくなったことが、苦痛だったんじゃないことくらい、どこかで俺は解っていた。
「ねぇ、光ちゃん、あなた少し頑張りすぎてない? もっと気軽に自分の好きなように生きればいいのよ」
いつだったか、お袋がまだ高校生だった俺に、言った言葉をふと思い出した。
俺は無理をしていたのだろうか?
お袋と二人っきりの生活で、苦しいことも楽しいことも沢山あった。
それでも苦しいことは、今は過ぎ去った思い出に変わっている。
「自分に素直に」
「そう、素直な光ちゃんが私は一番好き」
「た・な・べ君……もう私はいないんだから、そろそろもっと自分の事に目をむけなさい」
墓石から伝わってくるような。聞こえてくるような。不思議な感じの声が、俺の胸の中に沁み込んで行く。
ずっと下を俯いたままの理都子。
彼女の気持ちは……。ずっと前から沁みつき、伝わっていた。
「理都子」
「は、はい……」
はっと気が付いたように、理都子は返事をする。
「俺さぁ、素直じゃなかったか?」
理都子はゆっくりと顔を上げ、俺の目を見て軽くうなずく。
「そうか……」
「無理していたのか?」
「それはわからない……。でも苦しんでいたのは知っている」
「あなたも……そして姉さんも……」
「そうか……」
「なぁ理都子、俺は今もまゆみの事を愛している。その想いはたぶん一生消えない。いや、消せないと思う。でも……」
握る手に力を込めて、彼女は言った。
「わかってる。でも、もう姉さんはいない。そして姉さんが生きている時も私は、私は貴方の事を見ていた。ずっとずっと、ただ見ていた。私はずるい女なのかもしれない。実の姉の彼に恋心を抱いてしまっていた。でも私は貴方を諦めることは出来なかった。姉さんが亡くなって、私はアメリカに逃げ込んだのよ。自分の気持ちを自分の想いから逃れるために。でも私はまたこの日本に戻ってきた。そしてまたあなたの前に、この姿をあなたの目に、心に焼き付けようとした。貴方が、田辺君が姉さんを一生忘れられないのは、わかっている。そして一生姉さんを愛し続けるのも。わかっている。それでも……。私の気持ちはまた、あの頃に完全に戻ってしまった。貴方を、愛していしまっている私に……」
「私は貴方、田辺光一が好きです。愛しています。姉さんに負けないくらい。だから……………。姉さんをずっと、愛し続けてください。姉さんをずっと愛し続けることが、私にとって、貴方と繋がりを保てる。唯一のとりでなんだから……。姉さんを……ま、まゆみ姉さんを……」
理都子の瞼からは、涙が流れ落ちていた。
その涙は悔し涙ではない。
本当の、彼女の気持ちを表した涙だろう……。
「素直になりなさい。光ちゃん。貴方は我慢しすぎるの。そんな光ちゃんを見るのが物凄く辛かった。母親として……。愛する我が子へ、罪をかせているようで……」
「お袋………」
その瞬間、からだが勝手に動いていた
俺は理都子を強く抱きしめていた。強く、そして温かく。
そっと彼女の耳もとで、小さな声でつぶやく。
「素直になっていいのかなぁ……」
理都子は小さく頷く。
「俺は二人を、愛してもいいのか? お前はそれでいいのか? こんな、こんな……。俺を受け入れてくれるのか? ……理都子」
「馬鹿ぁ……。答えなんか求めないの」
ふっと、二人の唇が静かに重なり合う。
俺の瞼かも一筋の涙が、ようやく流れ出した。
まゆみへの想いが、消えていくのではない。まゆみの想いがまた、新しい柔らかい想いへと、変化していくのを感じる。
「ふぅ、やれやれ。何とかうまくいったみたいね」
秋島まどかはスマホを取り出し。
「ああ、常見の叔父様、まどかです。たった今任務完了いたしました」
「すまんなぁ、まどかちゃん。煮え切らない意地っ張りの、大人の面倒を見てもらって……。それに君にも、つらい思いをさせてしまったね」
「あら、常見の叔父様、私まだ諦めたわけじゃありませんから。あの二人の
「ははは、そうかあきらめが悪いのは、親譲りか?」
「いいえ、違います。まゆみ先生と田辺先生の影響です。私はあの二人がとても好きなんです。愛しています。もちろん理都子先生も同じですよ。でも私は田辺先生が好き。だから諦めないんですよ。あ、変な意味じゃないですからね、叔父様。念のために」
「わかっているよ。どうだね、今度お礼もかねて食事でもどうかな? それともこんな年寄りとじゃいやか?」
「んーどうしよっかなぁ……。ダンディーな叔父様だったら、フレンチだったらいいかなぁ」
「ははは、そうか、それじゃいい店予約しておこう」
「もちろんコースよね」
「わかってるよ。本当にありがとう。まどかちゃん」
「ううん、こんな私でも、田辺先生の力になれてうれしい。それじゃフレンチ楽しみにしています」
「まゆみ君、君との約束の、第一段階はうまくいったようだよ。さて次は私の出番の様だ。外科医として、一人の医局の職員として。……いや
そう呟きながら彼は、自分のディスクの引き出しの奥から、一冊の古ぼけたノートを取り出した。
懐かしむように、そのノートのページをめくりあげ、あるページでその手を止めた。
そこにはとある患者のデータが記載されていた。
そしてその中に、挟み込むようにある一枚の写真。
病室で仲睦まじく、寄り添うほほえましい笑顔の親子の写真。
末期がんの母親と、その息子が写し出されているその写真からは。もう次期命が消えるという恐怖感など、みじんも感じさせない力強い笑顔と。
その事実を知る。まだあどけなさが残る。
高校生の少年の姿があった。
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