ココロノハナシ

@keroharima

第1話

ガラス玉がひとつあります。

それは本音だったり信念だったり、その人の本性を表すものです。

広く『心』と呼ばれているものです。

ガラス玉は、とてももろく壊れやすいものです。


ガラス玉が割れると、人は悲しみます。

深く、深く、悲しみます。

だから人は、ガラス玉が割れないように、箱の中に入れて大切にします。

その箱は、悪く言えば外面と言われるものです。

他人用にパッケージされた『ココロ』です。


その箱は、人によって様々な色や形をしています。

そして、中のガラス玉を守るために様々な細工を凝らします。



ある人は、箱を何重にも何重にも重ねます。

いくつもの偽りの自分を作り出します。

箱の中に箱を入れ、その箱をまた別の箱に入れる。

そんなことを繰り返しているうちに、自分でも自分の『心』がわからなくなります。

この箱の中に、本当に自分の『心』があるのだろうか?

そんな疑問がいつも頭をよぎります。

いつしかその疑問すら箱に詰め込んで、忘れてしまうのです。



ある人は、箱をさながらショーケースの様に扱うかもしれません。

ガラス玉をまるで、宝石店に並べられたアクセサリーでもあるかのように展示します。

さあ、見てごらん。わたしの『心』はこんなにも美しい。

彼らはガラス玉を本当に大切にします。

しかしそれ故に、自分自身ですらガラス玉に、素手で触れることが出来なくなるのです。

少しの傷にも敏感になります。耐えられなくなります。

いつしか『心』は自分のもとから離れ、本来の意味を失うのです。



ある人は、自らガラス玉を砕き捨ててしまいます。

始めから、こんなものが無ければ悲しまずに済む。苦しまずに済む。

しかし、ガラス玉を失ったことを知られたくはないので、箱は用意します。

出来るだけ、箱を艶やかに、美しくしようと懸命になります。

その中に何も入っていないことを、知られないように。忘れられるように。

きっとこの箱の中には、とても美しいガラス玉が入っているのでしょうね。

人々はそう信じ、自分自身でもそれを望み信じるようになります。

いつしか箱の中には、幻想のガラス玉が生まれます。

見ることも、触れることもできはしません。



ある人はガラス玉そっくりの箱を用意します。

本物のガラス玉を、一回り大きなガラス玉でそっくり覆ってしまいます。

人々は箱を、本当のガラス玉だと信じて疑いません。

ガラス玉をさらけ出すなんて、勇気があるわ。素敵ね。人々は言います。

いつしか自分でも箱とガラス玉の区別が付かなくなり、不安になります。

箱を壊し、中のガラス玉を確かめようとします。

砕けた欠片は混ざってしまい、中にあったはずの『心』はもうわからなくなります。



…ある人の『心』はゴムで出来ています。

まるで汚れたスーパーボールのようでもあります。

ガラス玉とは比べ物にならない程に、みすぼらしく、くすんでいます。

箱はひとつの部屋になっています。

部屋に鍵はかかっていないので、誰でも簡単に箱の中に入ることが出来ます。

そして、その部屋の隅にゴムで出来た『心』は転がっています。

誰もが手に取りますが、誰もそれが『心』だとは気付きません。

そんな形の『心』を見たことがないからです。

『心』は皆きれいなガラス玉に決まっています。

そしてそのゴムの塊は皆の手によってもてあそばれます。

投げられ、叩かれ、滅茶苦茶にされてしまいます。

しかし、砕けたり、壊れたりすることは決してありません。

いつしか人々は気付きます。それが、『心』を守る最善の方法だと。



それで幸せ?


『心』が傷つかなければ幸せ?

誰にも気づいてもらえない。


それで幸せ?


わからない。それは誰にもわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ココロノハナシ @keroharima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ