幕間 その瞬間に立ち止まって

第19話 「セピア色の思い出①」


 小学生の朝は、そこそこ早い。来世の学校では、朝八時からホームルームが始まる。


「今日の一分間スピーチは、遠野」

 このクラスには、週に二回ほど特別な習慣しゅうかんがある。

 何でもいいから話題を持ち寄り、一分を使ってスピーチを行う。担任の先生が時間をはかり、ぴったり一分が経過するまで話し続ける必要がある。

 ただし、クラスの児童はおおむね否定的で、誰もが面倒としか考えていない行事だった。

 スピーチが終わると、担任が寸評すんぴょうを述べることになっており、良い点と悪い点を指摘してくれる。


「では、私からは『セピア色』について話します」

 このスピーチには、二つのルールが定められている。

 それは、一人称を『私』で統一することと、冒頭で『何の話題』かを明確にすること。

 寸評では点数を付けることになっていて、十点満点としたとき、その内の二点分は『ルールが守られているか』で採点される。

 

「この折り紙を見てください。セピア色とは、このように濃い茶色のことをあらわしています。ですが、言葉の中で『セピア色の思い出』と使われる場合には、昔を懐かしむという意味に変わります。それは写真が白黒だった頃に――」


 小学生にとって、一分のスピーチはそこそこ難易度が高い。

 例えば、流れるように話した場合は四百文字の情報を伝えられるが、言葉に詰まってしまうと用意してきた半分も話せない場合がある。

 緊張すれば時間配分を間違うこともあり、内容を事前に考えてきても、聞き取りやすい速度で話す必要もある。


「――と、私は考えています」

「ストップ」


 来世にとって、この程度はほこるほどでもなかった。

 この時だけは、クラスから拍手が聞こえてくるが、それを嬉しいとも感じない。むしろ、その後にひかえる寸評で、点数を落とすことの方が屈辱くつじょくだった。


 大人でも一分のスピーチが出来る人物は少ないものの、職業で似たような経験をんだ者であれば、逆に身に着けるべき技能でもあった。

 仕事として、人に説明する機会が多かった来世にしてみれば、子供に負ける訳にはいかなかった。


「分かりやすくて、聞き取りやすい良いスピーチでした。時間にも気を使っており、減点することのない十点満点の内容です。聞いた人に学習を与えてくれる要素もポイントが高く、本当に良く考えられています」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る