第18話 「猫のように笑う」


「“チェシャ猫のように笑う”」

「猫?」

「常にニヤニヤしてて、何を考えているか分からない。そういう猫が登場するんだ。意味はないかもしれないけど、少しでも不安がまぎれればと思う」

「ありがとう」

 秋子は何故か、くすくすと笑いがこみあげてきた。


 何でも答えを知ってそうな来世は、不器用なはげまし方しか知らない、ただの少年だった。

 秋子が相談したのは、聞いてもらうことで楽になりたいと思ったから。来世に押しつけるつもりはなかった。


 友達には話せない、だからといって、先生や母にも相談できない悩み。適度な距離感をたもっている来世だからこそ、気兼きがねなく話せた、それだけのこと。

 でも、それが少しだけ近くに感じられて、渡された本を胸にいた。


(遠野くん、おもしろい)



 秋子は翌日になり、母親の再婚相手について、聞いてきた内容を来世に伝えた。


「三ヵ月後だよね。それまでに、ちょっと伝手つてを使って調べてみるよ」

「調べる?」

「気にしなくていい。分かったら声をかける……」

 そういうと来世は、本に目を落として読み始める。


 相談を受けてしまったからには、中途半端で済ませることが来世には出来なかった。

 滅多めったにないことだが、再婚相手が連れ子を虐待ぎゃくたいするということも、ありえない事ではない。

 子供の頃に受けた精神的な衝撃しょうげきは、その後の情操教育じょうそうきょういくに影響を及ぼす。

 誰でも助けたい訳じゃないけど、せめて手の届く範囲で、声をかけてきた少女に知恵ちえくらいは貸してあげたい。そう思っていた。

 たとえ、何もできなくとも。


「どういうこと?」

「……」

「ねえ、遠野くん。教えてよー」 

「……」


 秋子が騒がしいうちは、特に心配することもないと無視を決め込む。

 何がきっかけかは分からないが、落ち着いたのなら大丈夫だろうと考えていた。


 図書館に、いつもと同じ空気が流れる。

 結論けつろん先延さきのばしにしたものの、来世はとりあえず、今後の予定を思いえがいていた。


 ――秋子に返事を用意するのは、もうしばらく先の話である。

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