第17話 「なぜ、その視線は怖くないのか」


 ――私がどうして、いやだって言えるの?


 その言葉が、少女の悩みを的確てきかくあらわしていた。

 言えるわけが無い。軽いアドバイスなんて、実害こそあって誰も求めていないから。


 来世は、なんて声をかけるか迷っていた。人生経験という面では、それほど壮絶な経験をしてきたわけじゃない。

 まして、年頃の少女が親の再婚で迷うこと、それも相手が異性いせいとなれば、複雑ふくざつ心境しんきょうとなるだろう。

 迷った末に、とりあえず関係ないことを聞いてみた。


「何を考えているか分からない、という意味じゃ、俺の視線は怖くないのか?」

「怖くないよ。むしろ、もっと!」

「は?」

「あ……なんでもない。少し怖いんだけど、ゴミを見るような目で、考えていることは分かるの。近寄るなって、言われてるみたいで」

「……」

 それを聞いた来世は、秋子のことをジト目で見つめた。

 落ち込んでいるはずの秋子は、少しづつ頬を赤くしていき、見られまいと顔を背けた。

 わりと図太ずぶとい性格をしているらしい。


(どうしたものかな)

 来世は考えていた。

 案外、子供の直感というのはあなどれない。だからといって、印象だけで悪い人物かどうかは、判断できない問題である。 

 少なくとも、五年後までは少女が死ぬようなことはないだろう。しかし、見えないだけで秋子が虐待ぎゃくたいにあっていなかったという保証はない。 

 とても難しい問題だった。


「清川さん、その人の名前とかは分かる? あとは、務めている会社とか」

「お母さんに聞けば……でもなんで?」

「とりあえず、聞いてみたくて。ダメかな?」

「いいよ。明日までに聞いてくる」


 そう言うと、来世は一冊の本を秋子に渡す。


「俺には、その悩みを解決してあげられない。少し考えてみるけど、期待はしないで欲しい」

「……うん」

「ただ、聞いてて思ったのは、その本の登場人物に似てるなと思った」


 来世が渡したのは『不思議の国のアリス』で、古い解釈かいしゃくを元に翻訳ほんやくされた作品だった。

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