部屋の中3

壁の向こうから声が聞こえていた。

「外で立ち止まっていた。僕と同じ迷路が見えたんだ。人はみんな迷路に溺れていくんだ。どうしてみんな外に出ていこうとするのだろう。」

……

「"建物らしさ"が快適さに結びつかないとは不思議だ。

 自由に開閉するドアがある人間ってそういないぜ。

 元々からある何かが気に入らなかったんだ。

 髪の毛を落としていった、クツの足跡がある、ドアの開き方とか、

 彼女が来た後の事は何でも知っているが、それより前の事は僕は何も知らない。」

……

「結局内面をどう取り繕うとしても無駄なの」

「そんな事言わないでよ。目耳鼻口手、使わないほうがもったいない。」

「足で歩いて居場所を見つけるわ。名も向こうで見つける。君は墓場と言うけど私は全然そういう感じしないだけ。」

……

「ねえ、どうして会いに行こうとしないの?」

「この場所を気に入って貰えたら会いに行こうと思うんだ。」

「まるで順序が逆なのね。内面を(ry」

……

「プリントには絵がたくさん描いてあった」

「取り上げる必要は無かったと思う」

「今はそう思う。ブヨブヨに綺麗な絵を書き添えてやろうとしたけど……コイツ絵は描いたこと無いって。」

……

 部屋の赤褐色のシミ、木目のタイルの剥がれた跡。その壁に異臭を嗅がれるのは恐ろしい化物が住んでいたからではないか。

獰猛な牙が小刻みに震える柔らかい動物の皮を引き裂いた。食らいついた肉に押し出され、腸が腹からぶら下がっている。

赤黒い腸の中に、白い骨が際立って見える。血しぶきを浴びた後の怪物の目はさらに刃のようにギラついた。

その時、何もいないのに部屋の空気が生温かく感じられた。化物の体臭が、壁に床に、何日もかけて染み付いた、この部屋だった。

悪夢と隣り合わせの生活は一茎の蓮を思い浮かべるだけで満たされる。平和が空々しいと思うのはこういう時だ。

 日はようよう傾いた。打ち捨てられたガラクタにも影が落ちた。施設の二階の窓から大量のギョロギョロが排出された。

穂状花序についたあれは、目玉ではなく、卵だと言う人がいる。

蔓に見えるのは、へその尾で、ああしているのは、母体から切り離された後の状態だと説明する。宙に浮遊しているのは、綿毛のように新たな地へ旅立つのだと。

玩具の組み立て作業場にある箱の中の大量の目玉の模造品によく似ているところからギョロギョロという名称がついた。

専門的には、動植物(動物と植物の中間)の個体で自由に地面を歩くのを歩根類(亜歩根類)と呼び、それに分類される。

 菜子はあれが蔓をヒトの手足のように動かすのを見たことがある。以前あれと会話をしたことがある。どうやら普通のタンポポの綿毛とはまるで違うと思った。

平野に建てられた施設を遠くから見下ろすと、施設の庭にある橉木にギョロギョロが絡んでいる(物理的に)様子が見れた。

ハロウィンの日に向けて作られた化物の木のようで可笑しい。時期が過ぎた後に放置されて「非日常が日常に溶け込んでしまった。」といった感があった

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