部屋を間違える
薄気味悪いドアを開ける。壁の穴は奥から光が差し込み、目の前に輪郭の曖昧な○を浮かべていた。
それで部屋の外は電灯の点かない影の通路になっていた。影の不安は一日限りと思って、菜子は果敢に隣の部屋のドアを開けた。
声が聞える隣の部屋は、恐ろしく狭い部屋だった。机が部屋の大部分を占めている。鋏と定規と両面刷りの紙が一枚置かれている。
隅に埃の被った濃緑色の、甲虫に似たツヤツヤとした葉を持つ名も無き観葉植物。壁には赤と青のモザイク模様の図柄の画が掛かっている。
そこにいたのは他の静物と何ら区別のつかない程に目立たない、皮ばかりの見た目をしたブヨブヨである。
そのぶ厚い皮の奥には金色の骨格が埋まっているらしい。しかし未だそれを見たものは一人もいない。
不釣り合いな身体が椅子からだらしなくこぼれている様子が見えた。
それは身体全体の内に指先だけを精密機械のように運動させていた。全体が静止している部屋の中で、そこだけ檜皮色の奇怪な駒が回っているように見えた。
ただそれだけの物体と思うと、ペンの走らせる音が部屋に聞えるのみとなった。
人の買った空席を奪い安全な毒を食らう|
訳の分からない自分は現に存在していた| 犀
あなたの環境に遷移が訪れる時に現れた| 鳥
精巧に積み上げられた大挙の思考を束ね| の
特効薬は針小棒大に調整し見せびらかし| 写
想像の錐は無辜の麻袋に穴を開けぬまま| 真
インクで黒く塗りつぶして試験をパスし|
足の裏に真黒い踊り字の跡を牽いていた|
手元の紙の、あらゆる場所に文字は無益に沢山書かれていた。だいたいこんな調子である。
白黒の犀鳥の写真が載せてあった。白黒写真は犀鳥の形を鮮明に映し出していた。
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どうやらここは声の出処ではないらしいと分かると後戻りした。
この部屋を出て、もう一つ隣の部屋を開けた。
ここにも(こっちへ来て)通路の壁際に謎の観葉植物があった。
(突き当りの部屋で)斑点模様を浮かべている葉は病的で(待っている)
恐ろしく見えた。風通りの悪く日に当たらずにいたせいか、すでに枯れている。
菜子は動物的な目をしていた。自然から隔絶された場所にいても、認識欲がそこに自然のあるべき姿を映す。菜子がそこに一枚の絵を見出す時、その絵は何者かの手によって切り取られる。その形象の名のエンブレムはこの世のどこかに山のように堆積していた。
「来たよ」(僕だよ)
「先月現れたのとはどうも違うらしい」
「どう言うことかはっきり」(僕は決して同情しない)
「見えぬのに見る前から見たふりするなよ見えぬ人のミント」
「菜子ちゃんはミントか」(意味分からん。思わず咳がでそうになった)
「あるいはそうかもしれん」
二人は机を囲んで向かいあって座って話をしながらこちらから目線を外さない。僅かな動きにも機敏に反応し、大仰に肩まで動かして見る。
手に顎を載せて首を巡らせながら見る。菜子は机の下に隠れた。
穴の開いた壁が見える。そこへ向かって行った。
「見えなくなっちゃった」
「足に当たったよ」
「これは失礼。てっきり君かと思った」
「こちらこそ君かと思って蹴り返してたよ剣呑剣呑」
そういう内にもすでに2,3回小突いていた。
「見えないから仕方ない」
「ゴメンなさいゴメンなさい」
穴の開いた壁の向こうに、区切られた外が見えている。施設と外が地続きになっているところを見ると外も施設の一部に思えた。
とても子供以外に潜り抜けられそうにない小さな穴は、頭から続けて足まで外へ出ることができた。
外から見ると猫のように見えたかもしれないその頭は菜子の頭だ。つま先が抜けると、ねちっこい視線は空気で膨らんだ風船が割れたように急に果てた。
外から見た穴の中は頑丈そうな机の足に4本の足が添うているのが見える。
しばらくそれをじっと眺めていた。
改訂(十月十二日)
l17 - 24 全面的に修正
l29 削除
ハイフン(-)以下追記(十月十七日)
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