プリントを見つけた
「もし週が7日じゃなくて8日になったら泣きたくなるし、365日が1週間だったら赤ちゃんが泣くのは無理じゃないよ。」
ごろつきが前に話していたことを菜子は思い出していた。大人でも泣きたい時があるという話だった気がする。
人気のない、寂れた施設の周りに「ごろつき」は変だが、菜子を前に彼自らそう名乗りたがるのだった。
遠くの音がまばらに鳴るのが虚しく聞こえる。その音は、昔は密だったのかと思いはするけれど、空間的時間的な疎はいずれも悲しい。
しかし、例え週が8日や365日だとしても泣きたいとも思わないのは、菜子が子供だからだ。
ごろつきは泣きながら、いつもの癖で相手にされなくなると、呵々大笑するのは泣いても止められないものらしい。主にその泣き笑いの顔を思い出していた。
包帯を燃やし終わるとと、ギョロギョロは空へ飛んでいった。その姿が、煙突から浮かぶ細い煙や、地面の上に這う蟻の行列に見えた。
「見回り当番」は菜子の触れる包帯とか青バケツの道具の点検と補充を兼ねていた。
「見回り」のプリントには、”「見回り当番」担当:菜子”と書いてある。しかし、本来必要な院内の地図は載っていないのだった。
これではどこを見回りすればいいのか知りえない。恐らくこのプリントを配るタイミングで教えられたであろう、かけたピースを菜子は忘れていた。
道具の云々の他に、「樫を訪ねなさい」と「檻に近寄るな」とか文章が添えてある。これを頼りにするしかないと思った。
「樫に訪ねて、檻に近寄らない。」木へんを除けば、人の態度が緊張してる様子を表す「堅」と見張りという意味の「監」の二つだ。
合わせて読むと(あの狭い部屋にあったのだから)「見張りがあるからじっとしてて欲しい」という誰かの助言とも都合よく解釈できる。
しかし、プリントのどこにも暗号の正解は載っていないのだから、これはただ案内の不足した無駄に字数の多い暗号付きのプリントと言える。
暗号が正解だったとしても、暗号で助言をするなんて不親切なプリントだ。それに、木へんを除いた理由がないから不正解かもしれない。
菜子は、束になったあらゆるプリントを抱えながら、樫や檻を探そうとしていた。施設の周りを距離にして約3週程したところで見つからないと諦めた。
少女は本当に樫や檻を探していたか?先程の暗号の答案が正しければ、今頃何事か起きていたはずだ。……だが、歩き終えただけでは何事も起きない。
まるで自由研究の課題を誰かと取り違えた時のような熱い焦燥感に息が詰まりそうだった。菜子はやがて歩き疲れた。
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「見回り」の途中、重くて鉄臭いつるはしが地面に捨てられてあった。他に、泥に塗れた皿や注射器の針が見つけられた。
鉛筆を探す為に菜子の視線は地面から3cm程度浮いた場所に集中していた。そう都合よく転がっているものでもないが、触れられないものばかり落ちている。
施設の周りはいかにも荒廃としている。高い煉瓦の壁に囲まれて外の様子は見えない。
垣が施設の外と内を区別する。すると、頭のなかには広漠と広がる白々しい背景に囲まれたあの狭い部屋があると考えた。
無意識に部屋が私の居場所であると考えていた。同時に不思議とあの部屋から出なければならないという固定観念があった。
前よりも部屋の狭さが際立ち、閉ざされているという感覚がさらに強まった。
前後の関係が明らかでない為に記憶が捗らない、閉ざされた頭の中で苦しんでいる。初めから菜子の頭の中にも閉ざされている状況があったことを思い出す。
頭の中、部屋、施設のいずれかを開けたら、常に「閉ざされている状況」が生まれる。菜子の居場所が部屋であるとすれば、
菜子が空想を愉しむ時は部屋に閉ざされていた。部屋を開けたら施設に閉ざされていると知った。施設を開けたら菜子は広漠に閉ざされるだろう。
ハイフン(-)以下は加筆(9月8日)
改訂(9月20日) 茫漠 → 広漠
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