妖精標本箱

藍上央理

妖精標本箱

ちょっとした葉陰、茂み、森の中、小川のせせらぎ、もしくは地中の穴、木々の樹皮の裏。

そんな場所に、夏休みにもってこいのものが潜んでいる。

これは子供にとって格好の研究対象だ。

あみで何匹も捕まえて持って帰る。


何をしようか、どうしようか、そんなことを考えてワクワクしてしまう。


見た目は小さな人形のようなものだ。国民的な少女人形より小さい。

大体、片手をいっぱいに開いて、親指の先から小指の先までの大きさかな。

虫かごに十匹詰め込んだら、一杯になった。


日光に当たりすぎて疲れた体を引きずり、いそいそと二階にある自分の部屋に引きこもる。

夕飯まで一時間。

一時間もあれば、夏休みの課題もさっさと終わらせることができるかも。


勉強机の上に虫かごをおいて、本棚から標本の作り方という本を引き抜き、机の一番大きな引き出しから標本箱を取り出す。


さて今から、標本作りを始めます。


用意するのは、ピンとホルマリンや注射器に、あとは思いつくままに持ってきた台所用品。


まず最初に……これは普通にちゃんと標本にしよう。


虫かごを覗くと、十匹の妖精が肩を寄せあい手と手を握りしめて、不安そうにしている。

人間そっくりに見えるけど、妖精図鑑に書いてあるとおり、これはひとじゃない。

虫だ。とりあえず。


かごのフタを開けて一匹つまみだした。綿毛のようなピンク色の髪に、可愛らしい整った顔。ピンク色の花弁の服を着ていて、つまんでいる指から逃げようとジタバタしている。


花びらを身に着けていることから、多分これは花の妖精だろう。他にも水の妖精、土の妖精、風の妖精とかいるけど、さすがに火の妖精だけは捕まえられなかった。花火や、夜に外で光をともしたら寄ってくるかもしれない。


ホルマリンを注入した注射器を取り上げて、手の中に固定した妖精の胸に注射針を突き刺した。


ピンク色の妖精が叫んでいる。でも人間の言葉じゃない。真夏の夜に庭で聞こえる声で鳴く。

大きな目を見開いて、赤い瞳で見つめてくる。

チュウッとホルマリンを注入すると、ガクガクと体を震わせて変な声を上げ、少しずつ赤い瞳から光が失われていき、痙攣した体のまま固まってしまった。


失敗したかな。


ちゃんときれいな形のままでいるように糸で縛ればよかった。仕方ないから、失敗した妖精はゴミ箱に捨てて、もう一匹虫かごから取り出す。


虫の声が部屋中に響く。家の外で聞く分にはいいけど、家の中でしかも目の前で聞くとやっぱりうるさい。早く済ませてしまおう。

妖精をタコ糸でぐるぐる巻きにして、身動き取れなくしてしまう。


ホントなら、ホルマリンで固まった体をぽきぽきと折って真っ直ぐにする方法だってあるけど、ちょっと間違って折れてしまったら嫌だから、なるべくきれいに標本にしたい。


銀色の長い髪の頭をブンブンと振っている。これだと頭だけ明後日の方向を向いてしまうかもしれないから、セロハンテープで、机の上に妖精の頭を貼り付けて固定した。


さっきと同じようにチュッとホルマリンを注射器で注入すると、さっきみたいに変な形で固まらずにきれいにできた。

もっと、標本図鑑の写真みたいに綺麗にできたらいいけど、やり方がわからないから仕方ないんだ。


あと八匹。どうしようかな……。


そんなふうに考えながら、妖精に巻きつけたタコ糸を外して、風の妖精のお腹にピンを刺した。

そのまま、標本箱に妖精の体を固定して、シールに風の妖精と書いた。


うん、まあまあの出来かな。


一匹標本にしてしまったら、なんだかもう夏休みの課題は済ませてしまったような気がして、二匹目の標本を作る気がなくなっちゃった。

でも、何匹も生かしておくと部屋中に鳴き声が響いてうるさいから、泣き叫んでいる妖精を順に取り出して実験をすることにした。


羽が生えてる妖精の羽をはさみで切ってみたり、指で引き抜いてみたり。でもそれくらいじゃ、妖精って死なないみたいだ。


やっぱり虫なんだな。


と思ってたら、指がチクッと痛んだ。見たら妖精が噛み付いてる。

痛いって思ってパシンと叩いたら、プチッと音がして妖精の頭が潰れた。

白いものが耳やら目からはみ出してる。中身が出ちゃった。

汚いな……。ポイとゴミ箱に捨てた。


指の噛み跡が赤く腫れてて、少し痒くなってきた。あとで虫刺されの薬を塗ろうっと。


四匹目、手を引っ張ったら、カクッと肩が外れてブチッという音と一緒に腕がもげた。

体液が出るかなと思ったけど、妖精ってそんなに体液がないみたい。

でも、腕一本くらいは大丈夫みたいだ。

ついでに足も引っ張ってみたら、これは少し体液がたれた。

机に妖精をおいて、ティッシュで体液を拭いていると、ギッギッと鳴きながら妖精が机から落ちようとしていた。


このまま部屋から逃げたら、お母さんに叱られると思って、すぐに捕まえて、虫かごに戻した。


なんだか飽きてきちゃった。

そう思ってたら下からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。

夕飯だ。

虫かごを窓の外に出して柵に引っ掛けると、早足で一階に降りた。






あと少しで夏休みが終わる。今日はお母さんからお小言を食らって、面倒くさいけど朝から残りの宿題をしなくちゃいけない。

机の上に飾った妖精標本箱を見ていると、急に思い出した。

あれから忘れちゃってたけど、虫かごの妖精どうなっちゃっただろう?


窓を開けてカゴの中を見ると、干からびた妖精が七匹いた。

かごを手にとって振ってみたら、カラカラ音がする。

「あーあ」

虫かごのフタを取ると、逆さまにして、庭へ向かって妖精を放り捨てた。


来年こそは火の妖精を捕まえてみたいな。そうしたら、ランプを作って発光させてみたい。暗いところで見たらきっときれいだと思う。

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