楽しいときには終りもある

 楽しいときには終りもある。

 別段おかしな話ではない。

 そもそもによほどに無責任な人間であればともかく、まともな時間感覚のある人間はいちいち意識しないにせよ、物事の終わりを感覚として感じないことはない。

 金延は物事の終わりを直感した。

 別れた顔も覚えていないはずの元妻だった女の顔を見た瞬間に、その直感は落雷のように金延の脳髄を直撃した。

 言葉も出なかった。

 車で小一時間の隣町まで足を伸ばさなければわざわざ誰かと合うこともない環境だからといって日本語を忘れるほどに耄碌しているわけではない。

 朝晩のお勤め代わりに扉を開いていても必ずしもペルペルベルスは訪れなかった。

 今日もたまたまそう云う日だった。

 扉を開けておけば、向こうにとってはある程度事態が好転できるらしいのだが、いま来られても困る。

 突然男連れで親子三人で現れても、困る。

 瓦の葺き替えをやっているところで、来客が来たので降りてみたら、名前も思い出したくない女――仮に栄子――が現れて、何やら勝手なことをベラベラとまくし立てていた。

 なにを云っているのか、右から左に相槌を打つ気もしない調子で聞き流していたが、流石に聞き流せない一節が含まれていた。

「――そういうわけでしばらく止めてちょうだい。いいでしょう。お金は後で払うわ」

「馬鹿なことを言うな。ウチは旅館じゃない。離婚した相手の家に転がり込むとか恥を知れ」

 ようやく口に出した言葉にも力があるようには自分でも感じられなかった。

「いいじゃんか、おっさん。でかい家なんだ。ただ泊めといてくれれば、迷惑はかけねぇよ」

 若くキレイな顔の雑誌モデルでも黙ってやっていれば良さそうな男が頭の悪いことを云う。

 まぁ、どういうことかは薄々わかってはいたが、想像もしたくない。

 そして、金延は決断した。

 その決断がバルゴステルムにどういう意味をもたらすかを、金延が考えなかったかと云えば嘘になる。

 ただ、楽しいときにも終わりはある、そういうことだった。

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