バルゴステルム
金田金延はこの地バルゴステルムを代々治める領主の末裔、第三十二代当主であった。
紛れもない事実であるが、彼が血脈によって選ばれた、と云うのは必ずしも正しくはない。
全く有り体に言えば、バルゴステルムを異界と繋げることの出来る者が、太陽の門を開き閉じることの出来る者が領主となる。
太陽の門が何物かと云えば薄れ行く様々に異界の息吹を吹き込み、バルゴステルムの隅々に魔力の元と云うべきか、そういった無形のモノを噴き上げこぼす泉のような役割を果たしている。
それは、金延が或いはその先代の多くの領主たちが実務としておこなっていた様々よりも遥かに大きな意味をこの地に与えていたし、バルゴステルムが彼等異界の者共を領主と定め、しかしあまり長い時間バルゴステルムに留めおかない理由でもある。
バルゴステルムの太陽の門があまりに長い時間閉じ続けるとなにが起こるかと云えば、この樹海とも云うべきバルゴステルムを包む周辺の土地が枯れてゆく。
そして太陽の門が開くとそのなにもなくなった荒野に木々が茂りゆく。
その速度は気がつけばという程度の速さではあるものの、ヒトがそれほど多く往来していない土地では、いつの間にか街道のど真ん中に身の丈を越える生け垣が、放っておけば捻くれた林になるような椎や樫の若木が生け垣を連ねることになる。
では、バルゴステルムに異界の者達が居続けるとなにが起こるか、門を閉じ続けるとなにが起こるか、といえばそれはどちらも一種の大災害の前触れでもある。
歴代領主はバルゴステルムにあまりに長くとどまると体調に異変をきたす。
その理由は定かではないが、異界からの息吹を異界の者である領主がより多く必要としているからと理解されている。程度の差こそあれ一旦体調に異変をきたした領主は、太陽の門を再びくぐるまで苦しみ続ける。
バルゴステルムに領主が閉じ込められるという事件は領主自身が太陽の門の鍵を身に着けている限り起き得ない事態ではあるが、過去においては幾度か起こり、バルゴステルムが魔王の居城、魔界の混沌というほかない事態となったこともある。
ただでさえ千人力を誇る眠らぬ領主が異界とのつながりを断たれ、正気を失いこの地のすべてを貪り始めると、百年数世代にも渡ってバルゴステルムのみならず周辺国にまでその被害は及び、この世の終りというべき絶望の風景が無限を思わせる時間続く。
領主が空位で太陽の門が開かれない時代があまりに長く続けば、森の恵みに頼る周辺国では砂漠化がジリジリと進みやがて数世代の内に戦乱の時代が来る。
つまり、太陽の門が閉じられ領主がバルゴステルムに閉じ込められる自体は、この地の数世の苦難を意味した。
先代当代の空位はせいぜい二世代というところで、もちろん混乱は多かったが、先代の先見英明と云える施策によって、悲劇的な大戦乱は免れた。
もちろん、空位によってバルゴステルムの危機はあったが、当代、金田金延は先代同様に太陽の門を十分に管理しており、理性的と云えるその態度は民心を治めることに成功していた。
その業績は、大空位の後に、異界の言語を持ち込みバルゴステルムを学問によって周辺から人を集め、いずれ避けられない空位の時代を乗り切るべく、学問というものを広く民草に開いた先代ほどではないにせよ、この地になにが必要かというその時その場の判断では全く適切で、時に自ら民草の先に立ち力を振るうことも辞さず、何より太陽の門を適切に管理するその態度は全く領主としてふさわしい姿であった。
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