まぁあれだ。やっていることは大差がない。

 基本的には領主の仕事は地元との調整や折衝の帳尻をつけて、各部署の出たり引っ込んだりしている払いを丸めて蹴っ飛ばす、というところが仕事になる。

 大抵の場合は、ご苦労さん、と云って肩をたたいてやる代わりにデカイ音のする槌で羊皮紙なり封蝋なりにご領主様がドカンと判子というか、あれだ、承認印をエンボスを押してやればいい。

 まぁなんというか、それは力仕事なので正直、数が必要な忙しいときにはめまいがするというか肩がフワフワになるほどなのだが、まぁそれはいい。

 そう云う肉体労働が領主の仕事の大半であることを、正直驚いている自分が、ファンタジーというか幻想的な森の中でフワフワと小さな魔物や妖精が飛び交って、時たま農作業を邪魔するようなそう云う世界にいることが、個人的には全く理解できない。

 だが、この土地はいい。

 なにせ、腹が減らないまま数日が過ぎるので、忙しいとは云え思索にふける時間もできる。

 それで、ということはない。

 かのヘミングウェイはフロリダで海を見て過ごしたし、クラークはやはりコロンボで晩年を過ごした。

 まぁ僕も引退したようなものなので、この地でのんびりと過ごすのは全く理にかなったことだと思う。

 そういうわけで今は一生懸命、この地で執筆活動にいそしんでいるのだが、こうアレだ。

 こうものんびりした世界だとだな。

 書くべきことがあまりに少ないのだよ。

 作家というやつはなにを一体好き好んで、わざわざ物言わぬ紙や筆を相手にしているのか、だんだんわけがわからなくなってくる。

 しかしだよ、たとえばあれだ。

 こういう長閑な土地に私の別れた嫁とかが転がり込んできたらどうなるのだろう、とは幾度か頭をよぎらないわけもない考えなわけだ。

 むう。

 身震いがする。

 様々な風景が脳裏をよぎるが、あまり好ましくない未来ばかりが想像できる。

「ご領主様、恐れ入りますが準備が整いました。本日の作務にお出でくださいませ」

 丁寧な口調でペルペルベルスが促した先には、巨大な農耕機械が準備されていた。

 大雑把なポンチ絵と用途を職人に申し付けた人力ロードグレーザーと云うべきそれは、牛馬では既に十頭建てを上回る重さと大きさだった。

 要はグラウンドを均すローラーとトンボをただひたすら大きくして組み合わせただけのそれは、街道整備の決定版であるはずだった。

 使い方は単純。トンボをおろしローラーを引っ張るだけ。ローラーの前にはトンボというよりは鋤のようなクマデのような歯が付いているが、問題ない。

 ただ引っ張るだけだ。

 ゴロゴロと肩より高い大径のローラーがついてくるのを確認すればそれで佳し。

「うん。使えそうだ。なかなかよろしい。職人街の者共には、仕事ぶり見事であると申し伝え、酒樽を二つ与えよ」

「畏まりました。必ずやお言葉とともにお心遣い賜い伝えまする」

 ペルペルベルスが目を伏せて固く答えた。

 ぞろぞろザラザラと地べたが削れる音を響かせてローラを転がらせ城門を超え、街道に足をむけると領民共が驚き半分笑顔半分で歓声を送る。

 つまり、だ。

 ちょっとした英雄扱いなわけだ。

 まぁ実のところ、この土地ではどういうわけか筋力が増している。

 そうでなければ決算のための槌も、ああもくっきりしっかりと紋章が綺麗に打ち出せもしない。

 そういう訳で、この巨大なロードローラーもどきを牛馬の代わりに引っ張り街道を整備することが、今の領主様にしか出来ない仕事であるということだ。

 うん、まぁ使っている道具は多少変わったが、要するに道路整備は前職でもよくやった仕事だ。

 だいたいわかっている。

 まぁアレだよ。ご領主様とか云われても、やっていることは大差がない。

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