第12話 僕の罪

勝手にレストランを飛び出してあの桜の下へとやってきた僕を、裕貴は必死に追いかけてきてくれた。


うれしい。

すがりたい。

でもダメだ。

哀しい。ツラい。苦しい。

もう、甘えちゃいけない、そう思う。


僕はたくさんの命の上に立っている。

たくさんのあしたを語った。

みんなのあしたを聞いて、そうなることを本気で願った。

そして、誰もがそのあしたを掴むことなく命を落としていった。

なぜ僕だったんだろう。

なぜ僕だけ生き残ったんだろう。

あしたを掴めるのは、僕でなくてよかったはずだ。

思いが強かったのは僕だけではない。

みんな、みんなあしたを掴みたかった。

そして、しゅうちゃんと僕だけが、その可能性を与えられた。


本当はずっと苦しかった。

奇跡的に生き延びて退院して、みんなが送っている「普通」の生活の中に飛び込んで。

キラキラしているものだと思っていた。

普通の世界は、僕のよく知る灰色の世界にはない彩りで満ち溢れ、明るく美しいものだと思っていた。

もちろんそれは間違いではなく、周囲はキラキラ常に輝いていたけれど、想像と違ってそれらの輝きは、僕にはあまりにもまぶしすぎたんだ。

僕が浴びるにはもったいない輝き。

常に付きまとう、場違いという思い。

なんでこんな明るい中で、僕だけが生き残ってしまったんだろう。

取り残されたような寂しさや、みんなが望んだ明るい場所に自分だけが立ててしまったことへの罪悪感、僕の中にはそんな思いしかなくて。

それでもなんとかその中に居られたのは、しゅうちゃんとの約束があったからだ。

しゅうちゃんが、外の世界で何をどう感じていたのかは分からない。

病院を出てからの僕たちには、あの時の約束しかなかったから。

それでも、20才になったとき、あの桜の下で会うことが、その約束だけが、今の僕の生きる意味になっていた。

それなのに…


なぜしゅうちゃんまでも僕を置いていってしまったんだろう。


これ以上甘えられないと思っているのに、言葉だけが止まらない。

裕貴に聞いてほしいと思ってしまっている。

弱い心が、裕貴に縋ってしまっている。

ダメなのに。

こんな僕じゃダメなのに。

こんな僕をダチだなんて言ってくれる可哀そうな裕貴は、じっと僕のそばで僕の言葉を聞いてくれている。

なけなしの理性が止めようとするのにも耳を貸さず、僕の唇はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

病気だったこと、長い間入院していたこと、たくさんの友達を見送ってきたこと。

しゅうちゃんとの出会い、長く隣のベッドで寝起きして、お互い支えあってきたこと。そして二人で始めたあしたごっこ。

最後のあしたごっこで交わした約束のこと。

「さっき、レストランで見たニュース…」

「ああ、男の人が飛び降りたって…」

「あれが、しゅうちゃんだった」

絶望的な事実を告げる。

もうしゅうちゃんは帰らない。

二人で交わした約束が実現されることはない。

「しゅうちゃんが飛び降りたビル、病院の目の前で。ビルと病院とのちょうど真ん中に、約束の桜があったんだ」

再会するはずだった桜の下を最期の場所に選んだしゅうちゃんは、一体どんな気持ちで飛んだんだろう。

「僕も…僕も連れて行ってほしかったよぉ…」

これは罰なのだろうか。

一人生き残ったことへの。

次から次へと命を落としていく友人をただ見送ることしかできなかった、無力な僕へと与えられた罰なんだろうか。


退院して、普通の生活に戻りながらも僕は、ただひたすらしゅうちゃんに会いたかった。

いつもしゅうちゃんに聞きたかった。

「しゅうちゃんは、僕たちの罪をどう思う?」

だから、再会を約束した桜の下で、それを聞きたかった。

たまの手紙のやり取りの中で聞くには、その質問はあまりにも重すぎた。

それでも約束の日まではなぜか会うこともためらわれて、しゅうちゃんのいない自分の部屋で、想像上のしゅうちゃんに向けて何度もその言葉をつぶやいた。

それでも僕には確信があった。

しゅうちゃんも僕と同じように、生き残ってしまった罪悪感に苛まれながら普通を装って生きているんだろうということ。

僕たちはあまりにも一緒に苦しい時を過ごしすぎたから、お互いの胸のうちなんてごく簡単に見破れた。

だからこそ確信する。

しゅうちゃんも、僕と同じ罪悪感を抱いている。

僕らの罪は、僕らにしか分からない。

掴みたかったあした、掴めなかったあした。

掴みたかった命、掴めなかった命。

自分たちの無力さにはほとほと嫌気がさすけれど、こんなどうしようもない思いを抱えているけれど、それでも約束があったから頑張れたんだ。

普通に生きていける自分を諦めることなく過ごしてこれたんだ。

それが失われたと知った時、僕の中の何かが壊れた音がした。

ここまでなんとか耐えて、張りつめていた気持ちの糸が切れてしまったんだろう。

「しゅうちゃんに、しゅうちゃんに会いたいよぉ…」

言いたくなかったその言葉を、ついに言ってしまった。

会いたいなんて、言えば自分が苦しくなるのに。

弱い自分を知ってしまって、どうしようもなくなるのに。

裕貴が困った顔になるのが分かる。

ごめんね、裕貴。困らせたくなんてないのに。

それでももう限界だった。普通の世界で暮らすには、僕はあまりにも罪深すぎる。

もうぼろぼろだ。顔も心も、みんな。

ここから何をどう立て直せばいいのか分からないくらい、僕のすべてがぐちゃぐちゃだ。

「だから、行かせてよ。ここから飛べば、行けるんだよ」

僕をつかんで離さない裕貴に懇願する。

もう疲れた。もう僕だって飛んでしまってもいいはずだ。

だから。

「お願いユーキ。はなして」

ぐちゃぐちゃの脳みそが言葉を放つ。

もう飛んでしまいたいんだ。この桜の下から。

約束の桜とは違うけれど、これも素敵な桜だから。

だから、お願い。

僕をはなして。




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