旅順攻撃
仁川沖における勝利の報告を受けた司令部。彼らは一つの難関を乗り越えたことに安堵すれども油断はしていなかった。彼らの耳目を集めたのはより困難な目的である旅順の攻略だ。ここに籠るロシア艦隊を倒さなければ日本軍が中国大陸で活動するのに非常に大きな支障が出てきてしまう。
これは簡単な話で、主戦場が大陸であるため列島から出撃している日本軍の補給は海上輸送に頼るしかないのだ。その輸送を邪魔するロシア艦隊が日本海にいるのは日本にとって非常に不都合な出来事になってしまう。そんな邪魔者が現在、旅順にいるだけでなくヨーロッパ方面に位置している。現在、日本の海上輸送の障害と見做されている旅順艦隊とヨーロッパ方面にいるバルチック艦隊と合流した場合、ロシア艦隊は排水量80万トンとなり、連合艦隊に対して排水量の差をダブルスコア以上でつけることになってしまう。そうなれば日本側の圧倒的不利な状況は崩せない。そうなる前に旅順艦隊を叩いておく必要があった。
そのための第一戦。ロシアがまだ防備を固めていない奇襲。最も戦果を挙げやすい状態での戦いが行われた。これは奇襲断行であり、威力偵察ではない。この旨をしかと刻み付けて戦うようにとの命令が下り、東郷らは旅順を目指す。
さて、史実での流れはどうだったかがここで必要になるだろう。史実でのロシア旅順艦隊への攻撃は成功したが、失敗だった。というのも、夜襲自体には成功したのだが奇襲と言うには少々消極的な行動に終わってしまったのだ。これにより旅順艦隊の戦力把握が出来ずに後々の作戦行動に支障が生まれてくることになる。
では、今回の戦の場合はどうなるのか。まずは史実通りに日本の連合艦隊は旅順東方44海里の円島付近に進出する。そして、第一・二・三駆逐隊を旅順港、第四・五駆逐隊を大連湾へ進撃させた。
続いて、旅順港外にロシア駆逐艦を発見したので灯火を消すことになる。ここで特に介入等は行っていないため、日本の駆逐隊は隊列を乱してしまう。だが、それは些細な事。船は更に進み、港外停泊中のロシア艦隊を発見、約10000mから魚雷攻撃を実施する。そして史実では脱出して仁川に集合することになるのだが、今回は奇襲に対して厳命が下っており、駆逐隊の夜襲は少し続くことになる。戦果自体は史実と比較しても大したことはなく、戦艦戦艦ツェサレーヴィチ、レトヴィザン、防護巡洋艦パラーダに魚雷が命中したという結果だが、内実としてはツェサレーヴィチはその場で浸水し、沈没を確認。その上、レトヴィザンとパラーダにも大きなダメージを与えたことを確認することが出来た。この確認という点において、史実に勝る戦果を得たと言っていいだろう。
また、残されたレトヴィザンとパラーダだがこの後、史実通りに曳航されて旅順に戻ろうとするもレトヴィザンは湾内に戻ることが出来ずに自沈。パラーダも旅順港の入り口付近で座礁する。
しかし、これ以降は史実と異なる運びに持って行こうとするも尽く失敗。9日の朝より第三戦隊が旅順港への攻撃のためにロシア艦隊に接近したが反撃がなく、攻撃を行っても専守防衛に徹し、攻めて来ない状態が続く。これに対し、日本側も陸上砲台の射程に入るのを嫌ったことにより互いの損害は微々たるもので済まされる。
業を煮やして第二次攻撃を行おうとするも荒天のため失敗。仁川での勝利に対してこちらはあまりいい動きにはならない。旅順艦隊が出てこないため、湾外に水雷を敷設するなど様々な活動を行うがそれも功を為さない。唯一、いいニュースとしては日本の夜襲を許したスタルク中将は罷免され、代わってマカロフ中将が着任することになり指示系統に混乱が生まれた程度だろうか。
このような形で旅順艦隊を倒しきることが出来ない日々が続く。この状況を受けて現地の秋山真之は「機密第120号」の実施を上奏。幅273mしかない旅順港の入口を古い艦船を沈めることで封鎖してしまおうという作戦を提案したのだ。
旅順港の入り口は273mだが、艦船が通れるだけの十分な水深を持つ場所は中央の91mのみ。この作戦が成功すれば旅順艦隊はただの案山子に成り下がる。そう考えての作戦だ。第一次、第二次の攻撃失敗を糧に新たなステップを踏む形となる。
2月18日、東郷は壱心ら上層部の許可を得て旅順口閉塞と港内間接射撃の作戦発動を命令し、24日に計画を実行するように厳命した。それにより5隻の老朽船と77名の志願兵からなる閉塞船団が組織され、月が水面に沈み始め23日が終わる頃、警戒と襲撃を任ぜられた真野中佐率いる第五駆逐隊……陽炎、不知火、叢雲、夕霧と閉塞船団は旅順港近くの老鉄山下に進出した。
そして計画実行日の24日の0時過ぎ、天然のサーチライトである月が没すると共に黄金山・城頭山・白銀山のロシア砲台からサーチライトの照射が始まった。
「全船、探照灯を避けながら老鉄山東岸に沿って進め」
真野の命令に従い老鉄山東岸を沿い、ぶつかることのないように静かに、しかし確実に進んで行く第五駆逐隊。
「……道のりは、遠いな」
徐々に進みながらも目的地まで辿り着くことが出来ない航海に何とも言えない顔で真野は呟く。一気に突っ切れればどれだけ爽快なことか……そう考えた時に真野の下に伝令が届いた。
「真野殿! 前方に艦影が! 2隻は駆逐艦と思われますが、もう一隻は艦種不明とのことです! いかがいたしますか?」
真野はしばし瞑目した。彼らに任せられたのは旅順封鎖のための閉塞船団の護衛だ。だが、同時に奇襲の役割も持たされていた。そして彼はすぐに命を下す。
「魚雷、準備だ」
「了解です!」
雷撃が行われる。だが、その効果を確認することなく彼らは先を急いだ。目的地は近い。
「……よし、水雷艇。航路偵察」
「はっ! 畏まりました!」
この偵察は途中でロシア軍に発見され、陸上砲台から砲撃を受けることとなる。だが、水雷艇は無事に航路の確認には成功する。それを受けて閉塞船団は陸上砲台の砲撃停止を待ち、突入する手筈を整えた。
迎えた明朝。まだ空は暗闇の
混乱する指揮系統。静かだった海が騒がしくなる。
そんな互いの位置すら確認が困難になる程の熱烈な歓迎に先頭の天津丸は湾口に辿り着くことなく、その前で自沈。他の艦船も似たようなものだった。唯一、天津丸のすぐ後にいた報告丸のみ湾口で自沈できたが、それだけでは大した意味を持たない。
結果は史実通りに失敗。そして同時にこれも史実通りだが海外メディアによって同作戦が報じられることによってこの作戦が明るみに出ることになる。この情報が入ったことで以降の閉塞作戦は史実と異なり実施されないことになる。
代わりに行われたのは嫌になるほどの水雷敷設。港内に侵入出来ないのであれば港外に罠を仕掛ける。そんな心意気で適宜大量に水雷を敷設するのだが、こちらも史実と同じ結果になる。
それが旅順艦隊の司令官であるマカロフ司令長官の戦死。名将と名高きマカロフ司令長官は連合艦隊の機雷敷設部隊と遭遇した駆逐艦の生存者救援と機雷敷設部隊の攻撃のために旗艦ペトロパブロフスクに乗り込んで出陣し、触雷。避難しようとするも間に合わず将兵500名と共に戦死したのだ。
こうしてロシアの旅順艦隊は連合艦隊の夜襲によってその力を半減させた。また、相次ぐ司令長官の交代と交代したばかりのマカロフ司令長官の戦死により旅順港外での活動をより一層消極的なものにするのだった。
この一連の報告を聞いた壱心だが、彼が喜ぶことはなかった。それは当然のことで旅順艦隊が外に出ないということは倒せる見込みが薄く、バルチック艦隊と合流される可能性があるということに繋がるからだ。史実でこの後の流れを知っていたとしても嬉しい状況ではない。
しかし、一定の成果を上げているのは分かっており、責める訳にもいかないので彼は海軍に更なる指令を下す。それはウラジオストク艦隊の捕捉と討伐だ。
だが、これが功を奏すことはなく結局ウラジオストク艦隊を捕捉出来るのは壱心が歴史上の事件としてウラジオストク艦隊が出没する日時と場所を知る常陸丸事件まで先延ばしになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます