第5話
穴道の壁に沿って歩き続ける。地下へ行くほどひんやりと寒い。しかし、そのもっと地下には鍛冶師がいて、溶岩の熱で鉄を打っている。けれど、そんな様子など彼女にはちっとも想像できなかった。彼女は彼らを話で伝え聞く以外に知ることがない。大体、地下深く行くことすらないのだから。
そのとき、彼女はなんだかおかしいなと気づいた。道が違う。新しい道ができている。彼女は馴染み深い壁を探した。無意識に顔を新しい道の方へ向けた。
何かある。
道の奥に大きな石が見える。
大きく丸い石は、磨かれた御影石のように鈍い光沢に覆われている。
そして、ヨリタマくらいの少女がその石に手を置き、彼女を見返していた。
しばらく、言葉もなく、二人は見つめ合っていた。見つめるうちに二人の距離は狭まっていき、気が付くと手が届くまでに近づいていた。
少女の瞳はつややかに輝いていた。ヨリタマとよく似た茶色の瞳。
「ヨリタマ、見えてるの?」
ヨリタマは答えなかった。
「あたしが見えてるの?」
「あんた、だれ?」
彼女は用心深げにたずねた。
「昔、教えたよ」
しかし、ヨリタマは思い出せなかった。
「ヨリタマ、友達じゃない」
少女は石にもたれて言った。
「あんたのことなら、何でも知ってるのよ。昨日、薬湯の洞穴にいたでしょ、今日は上で小石を見つけたでしょ、あれは何にもしないわよ。ほんのちょっと汚されただけ」
ヨリタマはうなずきながら、頭に浮かぶ言葉を探っていた。
だれ?
あたしのこと、知ってる?
いつ、こんな子と友達になったの?
わからない……
少女はヨリタマの心を察するように、「あたしは最初に捨てられた子供。光から捨てられ、闇に拾われなかった子供。ねぇ、あたしたち、闇の子供じゃないのよ。そのことはもう気づいてたんだよね?」と言った。
ヨリタマは後ずさった。
「大丈夫、もう大丈夫。あたしとまた会うことができたから、もうすぐそれがどういう意味なのか、あんたには分かってくる」
「な、なにがわかるの?」
「器を満たすもの」
ヨリタマは叫ぼうと口を大きく開いた。
瞬く間に少女は消えた。そして、石も。
彼女はとっさに手を伸ばした。手にぶつかったのは硬い土の壁。先程までのことはすべて幻だったのだ。
彼女は新しい穴道を手で探ったが、見つからなかった。
突然、彼女はせきたてられるように走りだした。
あの真新しい穴道は何だったの?
語り部の過去の声が聞こえてくる。
わしらを地下に連れてきたのはカグツチという熱泥の神だった。カグツチは今でも地下の奥深く、熱い溶岩の底に眠っているよ。そして、光に捨てられ、闇に生きる子らをかくまっているのだよ……
「ヨリタマ……!」
ヨリタマは走り続けた。声が背後から追ってくる。彼女は半狂乱になって逃げた。
「ヨリタマ!」
肩をつかまれ、彼女は思わず振り返った。そのときになって、やっと匂いでアワナミだと分かった。
「どうしたの? 何か恐いことでもあったの? それとも、もうこのことをだれかから聞いてるの?」
ヨリタマは息をつきながら、自分がものすごい恐怖の形相をしていることに気づいた。彼女は自分の顔を不器用に両手で隠しながらたずねた。
「な、なに……?」
「すごい顔してたから、もう知ってるのかと思った。語り部が死んだらしいの。あたし、その葬列に加わろうと思ってるんだけど、来る?」
語り部が死んだ?
ヨリタマは驚いた。
「い、いつ?」
「さぁ……でもついさっき知らせがあったんで、手伝いに行くつもりなの。ねぇ、昨日はなんで待っててくれなかったの?」
「の、のぼせたから……」
「そっか、分かった。無理強いしたから怒ったんだと思ったの」
「怒ってないよ……」
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