第4話

長い髪


予約もしないで美容室に来たのは初めてだった。

緊張と焦りを紛らわすために興味もない雑誌をめくる。


『お待たせ致しました』

可愛らしくキラキラとした女の人が笑顔で立っている。この人が担当してくれるらしい。

髪を切ってくれるなら誰でもいい。

髪を短くしてくださいと伝えると『イメージチェンジですね!』と元気な声に少し苛立ちをおぼえた。


私の髪は肩甲骨を過ぎた辺りまである黒髪ロングヘアーでずっと大切に伸ばしていたけどこの髪が怖くなった。

適当に愛想笑いと相槌を打ちながら、髪が切られていくのを少しホッとしながら眺めていた。



以前通っていた美容室はガラス張りで店内も広く美容師さんもたくさんいて賑やかだった。担当のkさんは爽やかでかっこよくて人気があり予約を取るのも大変だった。

kさんを目当てに通っているお客さんはたくさんいた。例に漏れず私もその1人でkさんがロングの黒髪が好きと聞いて伸ばしていたのは私だけじゃないだろう。

トリートメントやメンテナンスにマメに通い、印象に残るように月に一度は通っていた。

kさんは人気だからカットの時以外は他のお客さんの所に行ってしまう。

それでも最後にはちゃんと来てくれるので不満はなかった。



ある日、最後の仕上げに来たkさんの腕に長い髪の細い束が付いていた。

取る素振りもなく、私もそんなに気にしてなかった。


その一ヶ月後、kさんの肩に長い髪の束がかかっていた。どうやったらそんな所に付くんだろう。kさんに肩に髪が付いてると伝えると反対の肩を払っていて可笑しかった。

帰り道に、ショーウィンドウに映る自分に何だか少し違和感があったけど違和感の正体は分からなかった


家で使っているシャンプーが無くなったので仕事帰りにkさんに選んでもらおうと美容室に寄るとkさんがお客さんの見送りをしていた。

嬉しくなり笑顔で近づく私に、すれ違うお客さんの冷たい視線が向けられた。

少し不快に思いながらお店の中に入り、受付の前でkさんと顔を合わせる。

明るい照明でハッキリ見えるkさんの首に長い髪がたくさん絡みついていた。


気持ち悪い。

それ以上顔を見ることも出来なくて適当に話をしてシャンプーも買わず、すぐに美容室を出る。


kさんは気づいていなかったけど、私は見てしまった。

首に絡みつく髪とkさんにぴったり寄り添った影を。


早足で通り過ぎようとしていたショーウィンドウに異常に長い髪が映る。

焦って髪を引っ張るとぞろりと取れたそれは私の髪ではなかった。



帰り道の記憶は曖昧でまっすぐお風呂へ向かい何度も髪を洗う、怖くて寝ることも出来ずに翌日朝早く近くの美容室に駆け込んだ。






もう髪を伸ばすのはやめる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る