第十二節

 友悠くん、お元気でしょうか。


 この度は多大なるご迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ございませんでした。

 友達にあんな恐ろしい思いをさせてしまったこと、心から反省いたしております。

 本当は面と向かって謝罪すべきだとわかってはいるのですが、僕はいま児童自立支援施設というところにいて自由に動けませんので、失礼を承知で、手紙にて謝罪させていただきます。

 本当にごめんなさい。


 いままで誰かに手紙を書いたことがありません。拙いところがあるかもしれませんが、どうかお許しください。


 あの日、友悠くんに、両親と同じ目に合わせるのかと聞かれたときは、心臓が破裂するんじゃないかと思いました。

 君が恐怖を感じている。僕に殺されるんじゃないかと怯えている。その事実がとても恐ろしかったです。自分のことがまるで悪魔か何かに思えました。それぐらい怖かったです。

 君はきっと、それ以上に恐ろしかったでしょうね。

 君の言葉で血の気が下がり、冷静になれた僕は、君だけを残して一階に降り、警察に通報しようと考えていました。その前に警察が来て捕まりましたが、これは本当です。

 友悠くんに危害を加えるつもりは毛頭ありませんでした。嘘偽りはありません。

 突然警察の人たちが現れたときはとても驚きましたが、内心はホッとしていました。やっと終わったと、ホッとしました。

 あの日の前日の晩、両親に暴力を振るってしまってから、ずっと怖くて、ずっと不安で、誰かに助けてほしいとずっと願っていました。

 朝までがすごく長くて、その間に何度も恐ろしいことを考えました。

 人には天使と悪魔の一面があると言いますが、あれは本当のことでした。僕の頭の中に、背後に、すぐに自首すべきだと、まだ助かるかもしれないと説得してくれる善の自分と、いっそ殺して死体を処分してしまえと、こんなひどい親のせいで人生を棒に振ることはないと囁く悪の自分が確かにいました。

 どちらの声に耳を傾けるべきかでとても悩みましたが、結局、怖くてどちらも選べませんでした。でも時間は過ぎます。あるとき、父がわずかに動いて、それがとても恐ろしくて、とにかく動けなくしよう、誰かに見つかる前に隠そう、そう思いました。

 怖いのは一緒でしたが、だんだんと落ち着いてはきて、ひとまず両親のことは忘れることにして、仔猫の世話に没頭していました。現実から逃げたかったんだと思います。

 それで気づけば朝が来ました。そこでふと学校を思い出しました。最初は休もうと思いましたが、休んだら連絡されるかもしれず、怪しまれるかもしれない。先生が心配して家にやってくるかもしれない。そうなってはいけないと思い、焦って登校しました。

 でも今から考えれば、連絡が来ても仮病を使えばいいので、一日ぐらい休んだところで怪しまれたりはしないでしょうが、そのときは冷静じゃなくて、気づけなくて、とにかくいつもと同じことをしなければいけないと思っていました。

 あの日の学校でのことはあまり覚えていません。気づかれるんじゃないかと思うと落ち着けなくて、ずっとソワソワしていたような気がします。きっと、挙動不審に思われないように注意していたはずです。でも心のどこかでは、いっそ気づかれたいと思っていたはずです。

 両親が自力で逃げている、警察に通報してくれている、家政婦さんが勝手にやってきて見つけてくれている、泥棒でもいい。それともいっそ、家に帰ったら死んでいてくれないか。そうなれば死体を片付けるという選択肢を仕方なく選ばなければいけないから。 

 僕はずっとそんなことを思って、


 ごめんなさい、こんなこと手紙に書いてもしょうがないのに。


 友悠くんに遊ぼうと誘われたときは、正直戸惑いました。どうしようかと思いました。でも嬉しかった。すごく嬉しかった。友達から遊ぼうと誘われたのは本当に久しぶりだったから。でもだからこそ、どうして今なのかと怒りもしました。怒ったのは神様に対してで、友悠くんにではありません。

 答えに迷いましたが、これはチャンスかもしれないとも思いました。君が見つけてくれるかもしれない。両親を殺すのはやっぱり嫌だったから、君に見つけてもらえるなら、と思いました。

 あのときの僕はどうかしていました。おかしかった。友達を巻き込むなんて、そんなひどいことを選んでしまうなんて。そんなことをすれば君が怖い思いをする。そんなことは当たり前なのに。普通なら気づけたのに。

 あのときの僕は、結局自分のことしか考えていませんでした。

 そのことに気づけたのは、警察に捕まる前の、君の言葉のときです。我に返って、自分がいかに愚かだったかを思い知って、そして悟りました。確信しました。僕はサイコパスなんだと。

 サイコパスについて調べました。サイコパスは反社会的人格な存在であり、社会の捕食者。感情が欠如し、極端に冷酷、無慈悲、エゴイズム、結果至上主義。他人を思いやることができず、善悪の区別が付かず、人を平気で裏切る、反省も後悔もしない。

 サイコパスのことが色々わかって、少しですが安心しました。僕はサイコパスの一面を確かに持っている。でもそれは、所詮一面に過ぎないのだと、そうわかったから。

 極端に冷酷とエゴイズム。僕の中にあるサイコパスの因子はきっとそれだけです。

 僕にはちゃんと感情があるし、無慈悲でもない。だからこそキレてしまって、衝動的にあんな恐ろしいことをしてしまった。その結果どうなるかなんて、なにも考えないで。

 他人を思いやれないなんて一面は、僕にはないはず。あるとしたら両親のほうです。

 善悪の区別が付かない。これもそんなことはないと思いたいけど、少し危ないかもしれません。あのときの僕にとって、大切なものは仔猫で、肉親じゃなかった。あのときの僕にとって、両親の存在は悪で、仔猫を守ることが善だと思い込んでいた。だから、これは危ないかもしれない。

 人を裏切るなんてことはできないと思います。

 反省や後悔はちゃんとできます。そのせいで毎日苦しんでいる。苦しめられている。だから、これも大丈夫だと思います。

 僕はサイコパスの可能性があるけど、それはあくまでも一部で、すべてじゃない。だからきっと、僕はやり直せると思います。そういう一面があるんだと認めて、気をつけて、戦って、その一面が表に出ないように注意すればきっと大丈夫だと思います。


 ごめんなさい、また関係ないことを書きました。

 読み返してみたけど、これじゃただの言い訳ですよね、ごめんなさい。

 僕が言いたいのはそういう言い訳とかじゃないんです、僕にはサイコパスの一面が確かにあるけど、それに気づけて良かったということです。

 あの日、君が家に来てくれなかったら、サイコパス診断をしてくれなかったら、僕は自分の中にサイコパスの一面があると知らずに生きていくことになったかもしれません。

 知っているのと知らないとでは大違いだと思うんです。

 僕はサイコパスとして生きていきたくない。死にたいということじゃなくて、普通の人間としてまっとうに生きたいということです。だから、危険な一面があるとわかって本当に嬉しいんです。

 君のおかげで僕は助かったのかもしれない。そう思っています。

 友悠くんのことがずっと気がかりでした。君は実は責任感が強い人だから、サイコパス診断を僕に試したことを後悔しているんじゃないかと思って。

 もし違ったらごめんなさい。でも、もしそうだとしたら、大丈夫ですよ、君はなにも悪くありませんし、責任を感じる必要もありません。君のおかげで、僕は自分を知れました。これからどうするべきかがちゃんとわかりました。君のおかげで僕は、サイコパスの自分とちゃんと向かい合えるんです。

 あの日から悪夢を見ます。内容は言えませんが、僕にとって最も恐ろしい結末を何度も体験しました。起きたときは汗びっしょりで、涙も出ていて、恥ずかしいけど、オネショをしてしまうときもあります。でも、起きたときにホッとします。夢で良かったと。現実じゃないだけマシだと。

 サイコパスの一面を知らなかったら、あの悪夢が現実になっていたかもしれません。でも知りました。だから、あれは現実にはならないはずです。絶対に現実にはさせません。

 僕は僕を守ってみせます。


 変なことばかり書いてごめんなさい


 本当に、君は悪くありません。僕は友悠くんに感謝しています。恨んだりなんかしていません。


 友悠くんが僕の悪い噂を払拭してくれたことを人伝に聞きました。ありがとうございます。でも、もう必要ありません。両親のことを恨まないであげてください。あの人たちも大変だったんです。あの人たちも、あのときの僕と同じでおかしかったんです。ただそれだけなんです。


 仔猫のことをお願いします。僕の分まで大切に育ててあげてください。


 悪夢のことを書きましたが、もし君も見ていたら、すぐにカウンセリングを受けて治療してください。もしもう受けているのであれば、その治療費を請求してください。僕が必ずお支払いします。そんなことで償えるなんて思っていませんが、でも、できることはなんでもしたいんです。


 友悠くん、ごめんなさい。最後まで読んでくれてありがとうございます。


 僕なんかと友達でいてくれて、本当にありがとうございました。



 正義

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