第十一節
足元に注意しながら歩いている様子のおばさんは、何故かあちこちの戸締りをしている。窓とか障子とか。
そうして案内されたのは、障子ではなく、ドアのある部屋の前だった。
「ここね、前は旦那さんの部屋だったんだけど、今じゃ仔猫たちの部屋さ」
ドア越しに、甘えた感じの鳴き声が聞こえてくる。『カリカリ』という音もする。
「待ち構えているから、気をつけてね。足とか踏まれるかもしれないよ」
おばさんは笑いながらそう言うと、サッとドアを開けた。その途端、数匹の猫がわっと飛び出してきて、おばさんの足の間をすり抜け、オレの足を踏みつけて走り去っていった。
「ハハ……だから戸締りしていたんですね」
いってぇ、爪刺さったぞ、いま!
靴下履いているから見えねぇけど、穴を開けられた気がする。
「毎日ああして大暴れさ。障子を何枚破られたか。柱はほら、爪とぎでボロボロ。トイレもまだまだでね、いま根気よくしつけをしているところさ。でも、一匹は覚えてくれたよ。ほら、その子さ」
おばさんがオレの足元を指差した。見ると一匹の仔猫がいて、つま先の匂いをしきりに嗅いでいた。他のとは違って真っ白だ。
「名前はそのまんまシロさ。オスだよ。懐いているみたいだけど、どうだいその仔」
「ほんとそのままですね。真っ白いのが欲しかったので、いいかもです」
屈んで手を伸ばすと、そのシロは怖がることなくすり寄ってきて、頭突きをするように頭を押し当ててきた。
「かしこい子だよ。トイレもすぐに覚えた。大人しいし、人懐っこいし、あまり鳴かない。鳴いても小さくて可愛い声なんだ。耳元と尻尾の付け根を撫でてあげると喜ぶよ」
言われるままに試してみると、もっと触ってくれと言いたげに押しつけてきた。
尻尾がすっと立って、そんでクニャッと曲がったのがすげぇ可愛い。
「この仔にします」
オレは迷うことなく、このシロを選んだ。でも、なんというか、オレが選んだっていうより、こいつがオレを選んだ気がする。
「シロ、良かったね!」
おばさんがそう声をかけると、シロは彼女の足元に移動し、ゴロンと寝転がった。
「シロはね、お腹をなでられるのも好きなんだよ。私はいま屈めないから、代わりになでてあげてくれない?」
「わかりました」
言われた通りにすると、シロは両足をピンと伸ばして、なんだか気持ち良さそうにしている。
「ねっ」
「ほんとですね。なんか、うちの犬に似てる気がします」
「犬も猫も似たようなものなのかもねぇ。相性が合えばいいんだけど」
「多分、大丈夫だと思います。多分ですが、なんかそう思います」
「そうかい。それじゃあ、これね」
おばさんは部屋に入って、小さめのキャリーケースを持って出てきた。ペットを運ぶためのヤツだ。それにエサとトイレシートを一袋ずつ。
「あ、おいくらですか?」
「お金なんかいらないよ。これぐらいタダであげるさ」
「えっ、でも……」
「他に五匹もいるんだよ、一匹引き取ってもらえるだけで大助かりなのさ。ケースだって安物だからね。それにマサくんから頼まれているから、お金なんか気にしないでいいよ」
「はぁ……ありがとうございます」
「うん。大事にしてあげてね」
「もちろん!」
「うん。あ、それとね、実はマサくんから手紙を預かっているんだよ。いま取ってくるからね」
「手紙……?」
おばさんはどこかへ行ったけど、すぐに戻ってきて、オレに一通の封筒を差し出した。ついでに仔猫が二匹ついてきた。
「仔猫を引き取りに来たときに渡してほしいって頼まれていたんだ。受け取ってもらえるかい?」
「あ、はい……!」
受け取ったのは真っ白な封筒で、表には『友悠くんへ』と書かれてあった。
このきれいな字はマサのだ。
「あの、ここで読ませてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
オレはその場で開けた。
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