第七節

 オレは独りになると、まず大きな溜め息をついた。そして、カバンから答えの紙を取り出し、どうしたものかと悩んだ。

 やべぇなぁ。アイツ、あっち側かも……。

 あっち側とはもちろんサイコパスのことだ。一応答えを確認したけど、やっぱりそう思う。最後の猫は明らかに違うけど、他はサイコパスなものが多かった。微妙なものもあったけど、全体的に目線というか、視点が違った。

 マサは常に、自分が犯人になったつもりで答えている。二問目とか特にそうだ。あの答えには正直ビビった……。

 質問に答えさせた以上、答え合わせはしなきゃいけないし、そうするとサイコパスのことも説明しなきゃいけないんだけど、でもそれって、おまえは“反社会的人格”の可能性があるって宣告するようなもんなわけだけど、それってどうなんだ……?

 今になってわかったよ、このサイコパス診断は危険だ。他人に試しちゃダメだ。

 やべぇ、ほんとどうしよう……。

 オレは頭を抱えた。ほんとに頭を抱えた。勉強ではよくするけど、今回は悩みの重さが違う。重過ぎる。

 マサのためにも本当のことは教えないほうがいいかもしれない。ここは嘘をついて誤魔化したほうが……いや、ダメだ。後で調べられたりしたら、そっちのほうがやばい。そういう意味ではちゃんと説明したほうがいいかもしれない。そうだ、そのほうがいい。

 サイコパスの可能性があるからって、それがイコール犯罪者ってわけじゃないんだから。ありゃアニメの話だ。

 サイコパスについて調べたときに書いてあったけど、普通に社会に出ていて、問題なく生活できている人が大半なんだそうだ。マサだってその一人だ。

 だいたい、アイツの場合はサイコパスというより、人よりも感受性が豊かで想像力があるってことなのかもしれない。その可能性だってある。きっとそうだ。だから、ここはそうフォローしてやらないとダメなんだ。

 だいたい、マサに犯罪なんか無理だよ。全然似合わない。アイツ、エリートっぽいもん。あとは学者とか、プログラマーとか。まぁ、ハッカーとかも似合いそうだけど。

「お待たせ」

 考えがまとまってきたところで、マサが戻ってきた。

「お、おう、おかえりんご」

「ゴリラ」

「ラッパ、ってなんでしりとり!?」

「あれ、違った?」

 マサは笑いながら元の位置に座り、そっとおぼんを置いた。

「そんじゃあ、答え合わせな」

「うん!」

 期待しているのか、なんかワクワクしてる。

「あ、その前に小便」

 オレはついその期待に背いた。もちろんわざとだ。

「えー、もぉー!」

「ゴメンゴメン。でも、もう漏れる。ここでしていいのか?」

「いいわけないじゃん。――トイレは奥だよ。廊下の突き当たりの右側。上のほうに小さな窓があるドアね」

「うっす。きれいに使うように気をつけるわ」

「うん、いい心がけだね」

 マサの案内に従って奥に進むと、小窓のあるドアがあった。確かにトイレだった。

 広い家はトイレも広い。それにまぶしいぐらいきれいだから、どうも気後れする。おかげでアソコもちぢこまる。

 不本意だけど座ってやった。ちゃんと飛び散っていないかの確認もしておいた。本当は立ってしたい派なんだけど、さすがに無理だ。そんな勇気、オレには無い。

 勇気と無謀は違う――。

 これ、好きなアニメのセリフで、オレのお気に入りだ。座右の銘かも。

「芳香剤、すっげぇ良い匂い。やっぱりうちとは違うなぁ」

 そんな独り言を呟きながら部屋に向かっていたとき、横の壁から『ゴンッ』という物音がした。

「ん?」

 何の音だ? 誰かいんのか? 父親か?

「なぁなぁ、誰かいんの?」

 部屋に戻ったらすぐに聞いた。もし誰かいるなら、今後の態度や声の大きさに気をつけないとだから。

「え……いや、いないはずだけど、なんで?」

「なんか音がしたんだけど」

 オレは隣の部屋を指差す。

「音? ……ああ! あー、実はそのぉ……」

「ん?」

「えーっと……あの、これは内緒にしてほしいんだけど、いいかな?」

「内容にもよるぞ。……あ、まさか、親に秘密でなんか飼ってるとか?」

 なーんて、そんなはずはないと冗談で言ってみたんだけど、

「えっ! すごいね、なんでわかったの!?」

 と、まさかの大当たり。

「えっ! マジかよ!?」

 正義はびっくりしてたけど、こっちのほうがびっくりだ。

「うん、実はそうなんだ」

「おいおい……」

 母親に見つかったら大変なことになるぞ。

「……で、なに飼ってんの?」

「猫だよ、仔猫」

「猫!? マジで!?」

「うん。生まれてすぐみたいで、まだ目も開いてないんだ。……見たい?」

「いいのか?」

「うん、いいよ」

「見たい! 見せて!」

「じゃあ、こっち……」

 マサは手招きしながら廊下に出る。ついていった先は隣の部屋で、中は本棚ばかりだから、どうやら書斎。奥には立派な机があった。

「んっ、オシッコ臭っ!」

「あっ、ゴメン、換気するね」

 マサは壁についているスイッチの一つを押した。天井から風の音が聞こえてきたから、きっと換気扇だ。部屋に換気扇が付いているって、やっぱり金持ちだな。

「消臭スプレーとかしたほうがいいんじゃないか?」

 オシッコ臭にタバコ臭も混ざってる気がする。書斎だし、父親の部屋かもな。……ん? なのに灰皿は無いんだな。

「ほら、可愛いでしょ?」

 マサは机の下にもぐり、汚れたダンボール箱を取り出した。上の蓋をそっと開けると、途端に『ニー、ニー』という鳴き声がいくつも聞こえてきた。

 覗き込むと、片手に乗るぐらい小さな真っ白い仔猫が、一匹、二匹、三匹、四匹、五匹、六匹も入っていた。

「六匹も!?」

 てっきり一匹だと思っていたから、マジでびっくりした。

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